W- side A

 



『ねぇ、アベちゃん・・・・』
深夜、誰もいなくなったスタジオのソファでアニーの頭を撫でながらダイスケが声をかける。
アベはアルのブラッシングをしながら、ダイスケを見ないで、なぁに〜と返事を返した。
『ヒロって、やさしいよねぇ・・・・・』
ダイスケの言葉にアベはピタリと手を止めて、ダイスケの顔をマジマジと見上げる。
『あのエセフェミニストは、女だけじゃ足りなくて、アンタにまで何か甘ぁ〜い言葉でも囁いたの?』
数時間前にダイスケがヒロと夕食を食べに行ったことは知っていたので、その時何かあったのだろうとアベは思った。
『ひっどいなぁ・・・、そんなことあるわけないじゃん・・・・・そうじゃなくて・・・・・ん〜・・・』
何か とんでもないことを言われそうな予感がする。
『あのさ・・・・、アクセス・・・・またやってもいい?』
瞬間、ギュッと目を瞑った。 この一年、ふたりがよく会うようになって、もしかしたら・・・と考えなかったわけではないが・・・・。
『どういう心境の変化? もうアクセスはやらないっていってなかったっけ〜?』
皮肉っぽく言ってやると ダイスケはちょっと拗ねたようにアベを見る。
『だって・・・・・ヒロと会って話しててさ、たまにアクセスの頃の話とか出て・・・・・あ、もしかしたらヒロもやりたいのかな〜って・・・そんな気がして・・・・』
『ヒロも・・・って、ダイスケがまたアクセスやりたいと思ってるなんて、私は聴いてないけど?』
ダイスケは ちょっとバツが悪そうにアベから目を逸らせて膝にいるアニーに話しかけるように喋りだす。
『またっていうか、僕は一度だってアクセスやめたかったことなんてないし・・・・・・・ヒロが・・・・』
ヒロがいっしょにやってくれるなら・・・・・と小さな声で呟くように言うダイスケに、これ以上意地悪なことも言えなくなる。
ずっとそばでダイスケを見てきたアベには、彼がいつでもヒロを求めているのはわかっていた。
ダイスケがヒロを吹っ切ったつもりでいた数年間でさえ、アベから見ればダイスケの創る曲のいくつかはヒロのためのものであるのがわかった。
そんな曲をニシカワに歌わそうとして、何か違うんだよね〜・・・と首をひねりながら何度か断念したのを知っている。
ダイスケ自身、それがヒロのトーンに合わせてあることに気づいていなかった。 無意識のうちに “ヒロ” という存在を消していたのかもしれない。
だから A*Sをやりたいという彼に反対する気持ちはまったくなかったものの、ヒロはダイスケの気持ちを知ってるはずで、
簡単にA*Sに戻るはずはないと信じていたのだが。
『で、ヒロにそのこと言ったの?』
その時 幸せそうに微笑んで頷いたダイスケをアベは一生忘れないだろうと思う。
『僕がね、“アクセスやらない?”って言ったら、すぐに “いいよ〜” って。』
『いいよって・・・・、 ヒロはアンタの・・・・気持ちは知ってるのよね?』
ダイスケはアニーの首を抱きしめながらアベの目を見ようとはしない。
『ヒロは・・・・少なくとも僕といっしょにいることに嫌悪感はない・・・と思うよ。』
アベはそんなダイスケに 少しいらついて声を荒げてしまう。
『あったりまえでしょ! いくらヒロがやさしくても嫌いな相手とユニット組もうなんて思わないわよ、まして・・・・』
まして、相手は自分に恋愛感情を持っているのだから・・・・・。 口を濁したアベにダイスケは顔を上げた。
『だから、ヒロはやさしいんだよ。 僕の気持ちには目を瞑って、いっしょにいい曲を作ろうって思ってるんじゃないかな?』
それは 本当にやさしいの? 残酷なだけじゃないの? そう問いたいアベの気持ちはダイスケにも伝わっていた。
『だから、僕はヒロがいればいいんだって・・・・』
そう言って笑うダイスケに さすがのアベも勝てそうになかった。 大きく溜息をついて・・・・・
『OK。わかった。 ただスタッフとして一言いわせてもらうけど・・・・・今のアンタにアクセスやる時間がある?』
ここで 初めてダイスケは返答に詰まった。
『ソロプロジェクトも、プロデュースもいっぱいいっぱいじゃない。 どうやって時間作るの?』
『プロデュース、削る・・・・とか・・・』
その言葉にアベは唖然とした。 ダイスケが自分から仕事を削るなんてこと言い出したのは初めてだったからだ。
アベの顔を見て、ダイスケはばつが悪そうに言い訳する。
『多分、アクセスやるって言ったらニシカワがいい顔しないと思うんだよね・・・・・最近ぶつかることも多いし・・・・・・そしたら・・・』
『ちょっと、待って! まさかアクセスやるからニシカワ削るってことなの?!』
ニシカワは事務所にとって金のなる木だったといっても過言ではない。 最近は我侭になってきてはいるがそれだけの働きをしている。
確かに自分を差し置いて ダイスケがA*Sに・・・いや、ヒロに力を入れたら、あのニシカワのことだから面白くは思わないだろう。
『わかってる?アクセスを復活させたって、それが成功するとは限らないのよ?あれから何年たってると思うの?

ファンだって離れてるわよ。
アクセスは失敗、ニシカワはいないってことにもなりかねないのよ?』 
犬のブラシを振り上げて力説するアベにダイスケは落ち着き払って答える。
『成功させるよ・・・・・絶対。』
ああ、何を言っても無駄か・・・・・。 この恋する青年を止められるものはなさそうだった。
 
 
数ヵ月後、活動期間をとりあえず1年間と決めて A*Sプロジェクトは秘密裏に活動を開始した。 
ダイスケは本気でニシカワとの仕事を減らす方向で、話を進めたものだからニシカワの機嫌は完全に損ねることとなった。
それでも 日々楽しそうにしているダイスケにアベは何も言えなかった。
 
その日、ヒロの事務所とダイスケの事務所で集まって、正式活動を祝うささやかな会が催された。
来週からCDの作成に入ることになる。 
会場でヒロは常にダイスケの隣でグラスを傾けていたが、途中、トイレに立ったヒロをアベは廊下で待ち伏せる。
洗面所から出てきて、アベの姿を見ると 一瞬ヒロがひるんだ。
『あ・・・びっくりした。 何・・・・・かな?』
苦笑いするヒロの前で、腕を組んだままアベはニコリともしない。
『どういうつもりなのか、いっぺん訊いてみたかったのよ。』
『・・・・・・大ちゃんのこと?』
『やっぱり知ってるのよね。知った上でアクセス?』
ヒロは困ったな・・・という顔をしながらも悪びれた様子はない。
『大ちゃんの気持ちに応えられないならアクセスはやるなってこと?』
『アベちゃん! 何してるの!』
突然の声に、ふたりが びっくりして振り返ると、ダイスケが怖い顔をして立っている。
『ヒロ、先に戻ってて』
そう言うダイスケの目はアベだけを見ている。 アベも覚悟を決めて受けて立とうとした時、
『大ちゃん、テラスに出て涼もうか?』
ヒロののんびりした声で、張り詰めていた空気がいっぺんに融ける。
『え?・・・でも・・・・』
ヒロは戸惑ってるダイスケの腰を抱くようにしてテラスの方へ歩き出した。 振り向かないままアベに手を振る。
角を曲がって二人が見えなくなると、アベはそのまま廊下に置いてあるベンチに沈み込んだ。
どうやら自分が心配しなくても ヒロも少しは大人になったようだ。 きっと以前のように不用意にダイスケを傷つけることもないだろう。
そしてダイスケもそれなりに成長している・・・はずだ。 恋に関しては怪しいものだが・・・・・・・・まぁ放っておくしかない。
それ以外のフォローだけは しっかりしていこう・・・・と心に誓う敏腕マネージャーだった。

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