V- side H

 


CDが出せない。 最近はトラブル続きのヒロだった。 
音楽プロデューサーと意見が対立したのがケチのつき始めで、新しい事務所に変わることになった。 
いろいろあって当分CDは出せない。 それは最初から覚悟のうえだったが、その「当分」が過ぎる頃
今度はCD会社を変わる事になった。 そうなると、また最低半年はCDを出せないだろう。
新しい事務所は悪いところではないけれど・・・・・・入れてきた仕事がVシネマ。
主役だ、なんの文句がある?という感じだった。 そう、CDは出せなくても仕事はしなくちゃ。
・・・・でもヒロは歌いたかった。 ステージの上で思いっきり歌ってみたかった。
そして次の仕事はミュージカル。 また主役。 確かに歌えるけど・・・・何か釈然としないものを感じていた。
そしてそんなことがある度にA*Sで歌っていた自分を思い出す。
捨てたのは自分だった。 ダイスケといる限り彼の「下」で歌わなければならない。
いつでもダイスケの付属品のような気がしていたし、業界でもそういう扱いをされる時があって、それが我慢できなかった。
ダイスケが嫌いだったわけではない。 
むしろ自分と対極にあるような彼が珍しく、話をしていても飽きなかったし、いい先輩だった。 
ヒロの言うこと、やることに いつも笑い転げてて、それはヒロの気持ちを和らげてくれていた。
だからダイスケにはやさしく出来たし、やさしくしたかった・・・・・・・・なのに・・・・・・。
彼の気持ちは薄々感づいていたけど、ダイスケが自分に何も仕掛けてこないことは分かっていた。
普通の恋愛とは違うし、ダイスケはプライドの高い人だからノーマル過ぎるくらいノーマルなヒロに
気持ちを打ち明けることなどないと安心していた。
 
そんなダイスケの気持ちを逆手に取って、A*Sを卒業した。
自分がどんなに卑怯な手を使ったかわかっている。 ダイスケを傷つけたであろうことも。
だから自分からダイスケに会いに行くことはしないと決めていたのだ。
A*Sを卒業してから 自分の中でA*Sを封印していた。 ステージでもA*Sの曲は殆ど歌わなかった。
ダイスケに対する罪滅ぼしのような、自分に与える罰のような・・・・そんな気持ちだったと思う。
それでも 最初は楽しかった。 ダイスケから離れて自分の好きなように行動できることが。
でも 少しづつ、何かが違ってくる。 今までA*Sに・・・いやダイスケに守られて自分は歌のことだけ考えていればよかった。
それがソロになったとたん、いろいろ煩わしいことが増えてきて振り回される毎日の中で、ヒロ自身が変わっていく。
ファンにやさしくできなくなっている自分に気がついて愕然とする。 あんなに感謝していた自分はどこに行ったんだろう。
ステージで たまに1曲A*Sの曲を歌うとファンはとても喜んでくれる。 ・・・・・・・・・・自分のソロの曲よりも?
自分はA*Sという呪縛から逃れることは出来ないんだろうか。
そんなことを考えて気持ちが沈んでしまうことも多かった。
 
 
そんな時、ダイスケの事務所から対談の話が来た。
ヒロの意見を聞くこともなく、事務所はその仕事を引き受けていた。
ダイスケの活躍は業界にいれば いやでも耳に入ってくる。
(忙しくて、オレのことなんか忘れてただろうに・・・・) ヒロは、ふっと嘲笑った。
もうダイスケにとって 自分は思い出の一部でしかないのだろうと考えて寂しさを憶える。
ダイスケとは仲のいい友人ですらなかったのに、何故寂しいなんて思うんだろう・・・・・・。
 
 
当日、少し緊張して時間よりかなり早く着いてしまった。
落ち着かないまま、スタッフの女性と話している時、スタジオにダイスケが入ってきた。
明らかにヒロを見て立ち止まったのがわかった。 声をかけづらそうにしているのが何故か可愛くて口元が緩む。
『大ちゃん、久しぶり〜』
思い切って声をかけると ほっとしたように微笑む。 その笑顔は変わっていなかった。 
いや、目の色が違うな・・・と、そのことを指摘すると 拗ねたように言う。
『カラーコンタクトしたの、もう ず〜〜〜〜っと前だよ。 知らなかったのはヒロだけ!』
ああ、まだヒロって呼んでくれるんだね。 少し嬉しく、そして自分の知らないダイスケがいることが少し悔しい。
『そっか・・・。 じゃあ、あとオレが知らないことは何?』
馬鹿な質問に、戸惑うダイスケ。 今、彼はどんな気持ちでここにいるんだろう。
インタビューを受けながらも、ダイスケの気持ちが知りたくてしょうがない。
別れ際の挨拶で、仕事だからここに来た・・・・というようなことを言ったら固まってしまったダイスケを見て
ヒロの心の中に小さな灯りがともった。 
ポーカーフェイスの苦手なダイスケが自分の一言で動揺するのが正直嬉しかった。
 
出来もしない約束をしてスタジオを出ると、そのまま彼女の部屋に直行する。
なんだか気持ちがとてもハイになっていて、ドアを後ろ手に閉めるなり、彼女を押し倒して、ベッドイン。
彼女の髪に顔を埋めながら、ふと、ダイスケの相変わらずの笑顔を思い出して、微笑む。
『なぁに? なにかいいことあったの?』
ヒロが笑ったことに気づいた彼女が問いかける。
『ん? べぇつに〜・・・』
そう答えて、まだ何か言いたそうな彼女の唇をふさいだ。
 
明日の仕事もあるので 夜は自分の部屋で休むことにした。
誰もいない部屋の明かりを点けたとたん、突然 自己嫌悪の波が襲ってきた。
何故ダイスケにあんなことを言ってしまったんだろう。 電話なんてする気もないくせに・・・。
会ったって何も始まらない。 自分の手で終わらせたことだし、何年たってもダイスケの気持ちには応えられない。
なのに・・・・なのにダイスケの気持ちだけは繋ぎ止めておきたいと考えてる自分に嫌気がさす。 
 
結局 ダイスケに連絡を取ることもなく数ヶ月が過ぎた。 ダイスケからの連絡もない。
あのプライドの高い人が自分からは電話してこないだろうと思っていたが案の定だ。
・・・が、久しぶりのソロライブの当日、楽屋に花が届いた。 ダイスケからだった。 花についてる彼の名前を見て、なぜか胸が痛くなる。
ライブの前なのに、情緒不安定になってる場合じゃないと ヒロは吹っ切るように携帯を手に取る。 
『大ちゃん?』
“ヒロ?”
(電話での声は久しぶり)
『花、ありがとう。 よくライブの日わかったね。』
“うん、たまたまね。”
(本当に、たまたま?)
『連絡できなくてごめんね・・・・』
“ううん・・・もうすぐミュージカルでしょ? 忙しい?”
(それも知ってるんだね)
『そだね・・・、練習きついんだよね、楽しいけどさ』
“そうなの? 見に行こうかな、ミュージカル”
(そんな暇ないくせに)
『大ちゃんのほうこそ忙しいでしょ・・・・・でもよかったら来てよ』
“うん。・・・・・・ヒロ?”
(?)
『なに?』
“なんか・・・元気ないけど大丈夫?”
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
『なぁにが? ぜんぜんだいじょおぶだよ。ライブ前でちょっと緊張してるかな』
“あ、そっかぁ。 ライブ頑張ってね!”
 
電話を切ってすぐに、滲んだ涙をぬぐった。
しっかりしなきゃ・・・・しっかりしなきゃ・・・・しっかり・・・・呪文のように繰り返して、ステージの光の中に飛び出した。
 
 
ヒロは自分の中の歯車がうまく噛み合ってないことに ずいぶん前から気がついていた。
毎日がつまらないわけではない。 彼女ともうまくいってるし、友人もたくさんいる。
仕事がないわけでもない。 なのに・・・・何かが足りない。
ミュージカルで主役の青年を演じながらも、ここは自分の場所ではないと感じていた。
ミュージカル公演の日程も半ばを過ぎた頃、いつものように舞台で歌うヒロの目は客席に座る金色の髪を捕らえた。
いまどき、金髪の人はいくらでもいるけど・・・・・あれはダイスケだ。 何故だかすぐにわかった。
舞台の前に出て、セリフを言おうとした時に、今度は はっきりとダイスケの顔が目に入った。
その瞬間、A*Sの頃の自分が頭をよぎった。 そして、出てきたのはセリフではなく涙だった。
 
 
『ねぇ、あそこで泣いてたのって演・・・出?』
ダイスケが上目使いに訊いてくる。
舞台がハネた後、楽屋にダイスケがアベと尋ねてきていた。
主役であるヒロは 一応個室を貰っているので気兼ねする必要はない。
『う〜〜〜ん、なんていうか・・・・感極まって?』
ヒロが照れくさそうに返す。 
あの時はバックにいた仲間が機転を利かせて、なんとか場をしのいだものの不自然さは隠せなかった。
『極まっちゃったんだ? なんか、役者さんって感じだよね〜』
ダイスケが感心したようにアベに話をふる。
『そう?ホントはセリフが思い出せなくて泣いちゃったんじゃないの?』
アベの言葉にヒロは、小学生じゃないんだからさぁ〜と笑いながらも少しは当たってるかな、と考えていた。
あの瞬間、気づいてしまった。
自分に足りなかったものはA*Sだ。 自由が欲しくて捨てたA*S。
でもCD一枚出せない今の自分のどこに自由があるんだろう。
結局 何もわかっていない我侭なガキだっただけ・・・・。
それだけで A*Sを捨て、ダイスケを傷つけた。
またA*Sがやりたいなんて 口が裂けても言えることじゃない。
でも、長い間胸の中にあったもやもやの原因が分かっただけでも 気持ちが軽くなっていた。
これからのことは ゆっくり考えていけばいい。 
ダイスケとのことも、たまに会って食事をするくらいの友人にならなれるかもしれない。
・・・・もちろん、ダイスケが望むなら・・・・だけど。
 
まだ仕事が残っているからと、アベのあとに続いて楽屋を出ようとするダイスケに
『今度は ゆっくりご飯でも食べようね』
と笑いかける。
『ふぅ・・・ん、今度って?』
振り返った顔には(信用してません)とはっきり書いてある。 ヒロは苦笑いしながら手を合わせた。
『あー・・、ごめん! 今度はホント』
『じゃあ、前のは嘘だったんだ?』
すかさず返されて、言葉に詰まると、そんなヒロがおかしかったのかダイスケが大笑いする。
笑うダイスケを見てホッとしながら、ヒロはもう一度約束した。
『連絡するから・・・・・待ってて。』
 
 
約束どおり、その1ヶ月後には ヒロから連絡して 食事をした。
お互いの仕事の話や、ダイスケが飼っている犬の話、ヒロが飲み屋でやらかした失態の話、
そんな他愛もない会話だったけど、それはそれで楽しかった。
何ヶ月かに1度の割合で、こんな時間を持つようになった。 ヒロから連絡することもあればダイスケからの時もある。
そんなことが1年以上つづいていた。
実を言えば、ヒロはダイスケに会うたびにA*Sへの想いが強くなっていくのを感じていた。
ダイスケはどう思っているのだろう、A*Sのこと。 そして屈託なく笑いかけるその笑顔は友人として・・・・なんだろうか?

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