U- sideD

 

ヒロがA*Sを卒業して、数年が過ぎた。
最初のうちは連絡をとりあったりしていたものの、今では まったく音信不通になっていた。
ダイスケが連絡しなければ、ヒロの方からはほとんどコンタクトはなかったから、切れるのは簡単だった。
簡単すぎるくらいに・・・・・・。 でも思い出すたび痛む心の傷を癒すのには好都合だったけど。
 
ヒロと別れてすぐ作ったユニットは 数年活動を続けたものの結局うまくいかず・・・・、
でも、プロデュースしたアーティストのニシカワは順調に売れていた。
関西人の彼は いつもダイスケを笑わせてくれたし、頼ってくれてもいて それがダイスケには心地よかった。
誰かに頼りにされると、自分が強くなったような錯覚を憶えて生きていくのが少し楽になるような気がする。
それの延長なのか、犬も飼い始めた。 自分が1匹、女性マネージャー・アベにも1匹飼ってもらい、
アル、アニーと名づけた2匹の大型犬をそばから放さなかった。 
ダイスケのレコーディングスタジオは半分犬小屋のようになってしまったが咎める者もなく
ダイスケあるところに、お犬様あり状態だった。 でも ダイスケ自身は確実に明るくなっていった。
ダイスケのヒロに対する気持ちを薄々感づいていたらしいアベも もう大丈夫・・・・と安心していたし、
ダイスケ自身、ヒロのことは すっかり忘れることが出来たという自信があった。
そんな時だったから、あの話があった時、断ることはしなかったのだ。
 
 
『対談? ヒロと?』
久しぶりにヒロの名を口にした気がする。
アベマネージャーから ダイスケのデビュー10周年に出す本の中でヒロとの対談を載せるという話だった。
『やっぱり この10年でA*Sは外せないでしょ? で、A*S対談。 どう?』
確かに企画としては面白いし、ファンも喜んでくれると思ったものの、ダイスケは即答できない。
『嫌?ヒロに会うのは?』
ちょっと俯き加減に考えているダイスケを見て、アベが遠慮がちに訊いてくる。
『え? ううん、そんなことないよ。 いいんじゃないかな・・・・ただ・・・・』
『ただ?』
『ヒロが引き受けてくれるかな・・・・・?』
小さな声で問うダイスケに、アベは得意満面に言い放った。
『だぁいじょおぶ! もうヒロの事務所からOKの返事は もらってるし〜』
『はぁ〜? 何それ? 僕の意見は?』
『だから今、訊いたでしょ? ダイスケもOKってことで! ね?』
『ね・・・・って・・・・・・・・・いいけどさ・・・・。』
彼女の勢いを止められる人はいそうもないな、とため息をひとつ。
 
ヒロと会う・・・・。 何年ぶりだろう。
対談までの数日間、ダイスケは自分でも嫌になるくらいヒロのことを考えていた。
対談を引き受けたのは、もう彼もわだかまりがなくなったってことだろうか?
それとも 僕のことなんか すっかり忘れて、単なる仕事として引き受けただけかもしれない。
そう考えたとき、ダイスケの胸がチクリと痛んだ。 そしてその痛みに自分で驚く。
もうすっかり忘れたはずだ。 ヒロのことなんて最近思い出しもしなかったじゃないか。
そう自分に言い聞かせ・・・・・対談の当日がやってきた。
 
スタジオの中は インタビューを受ける場所のとなりにスチール撮影する場所があり、多くのスタッフが行き交っていた。
そんな中、時間通りに到着したダイスケの目は なんの迷いもなくヒロの姿を捉えていた。
最後に会ったときとは違う短めの髪で、俯き加減でスタッフの女性と話をしている。
ふっと微笑んだ口元をみた瞬間、熱くなる胸を押さえてダイスケはすでに後悔し始めていた。

忘れたはずだったのに・・・・・・・、やっぱり会っちゃいけなかったのか。

近づけないでいるダイスケを、ヒロの方が気づいて歩み寄ってきた。
『大ちゃん、久しぶり〜』
以前と変わらない微笑を浮かべて右手を差し出す。 ダイスケも今気づいたような顔で微笑み返した。
『ホント、久しぶりだね。 元気だった?』
『元気、元気。 大ちゃんは?』
ヒロの「大ちゃん」という言葉が 媚薬のように身体に滲みていく。
何人かの人には「大ちゃん」と呼ばれてきたけど、ヒロの「大ちゃん」はダイスケにとって特別だった。
もう二度とその声で呼ばれることはないと思っていたのに・・・・・・。
『大ちゃん、ちょっと会わないうちに目の色変わっちゃってるし〜』
笑いながら顔を近づけたヒロに、ダイスケはドキマギするのを誤魔化すようにぶっきらぼうな返答をする。
『カラーコンタクトしたの、もう ず〜〜〜〜っと前だよ。 知らなかったのはヒロだけ!』
『そっか・・・。 じゃあ、あとオレが知らないことは何?』
もうヒロは笑っていなかった。 心の中まで見透かすようにダイスケを見ている。
知らないこと? そんなのいっぱいあるに決まってるだろ・・・・そう言いたいのに
意味深なヒロの瞳に射すくめられて言葉が出てこない。
『あんた達、何見詰め合ってんのよ、さっさと仕事してくれない?』
後ろからかけられたアベの一言で空気が戻った。
『アベちゃん、お久しぶり。 元気・・・・そうだね〜』
ヒロも笑顔に戻っている。
『おかげさまで』
『結婚は?』
『なかなかいい男っていなくてね〜〜〜』
『ああ・・・だよね〜〜〜』
『何よ! その哀れんでるような顔は!』
アベに蹴りを入れられて逃げ惑うヒロを見て 一瞬、時が戻ったような錯覚を憶えた。
そして また痛む胸。 戻るわけないのに・・・・・と。
 
インタビューもスチール撮影も順調に進んだ。
ヒロは相変わらずやさしかった。 いや、以前よりもっとやさしくなったような気がする。
ダイスケは この時間がいつまでも続けばいいのに・・・と考えて・・・また泣きたくなった。
『今日は どうもありがとう』
またしばらく会えないだろうと、ヒロの顔をジッと見て手をさしだす。
『いやいや、仕事ですから』
ヒロの言葉にダイスケは一瞬で凍りついた。 そんなダイスケの手を握り返しながらヒロはふっと微笑む。
『今度はプライベートでご飯でも食べに行こ?』
『え? あ・・・うん、だね』
突然のことにダイスケは自分でも何を言ってるのかよくわからない状態だ。
どうやらヒロが食事に誘ってくれてるらしい。 いや社交辞令に決まってる・・・・混乱する頭でそんなことを考えている。
『携帯の番号教えとくね』
ヒロがポケットから携帯を取り出すのを見て、ダイスケもあわてて携帯を取り出して電源を入れる。
『あれ? なんで電源切ってたの?』
ヒロの質問に、電話がかかってくるのがうっとおしくて普段は電源を入れず、かける時だけ使っていると説明すると
『じゃ オレがかけても通じないんだ?』
ちょっと戸惑い顔のヒロに、ダイスケは慌てて首を横に振った。
『入れとく。 電源入れて置くようにするから』
電源入れないのをポリシーにしてたくせに・・・・・・・ダイスケは自分自身に突っ込みたくなった。
『うん。 絶対電話する。 大ちゃんも暇があったら誘って』
そんなヒロの言葉にポリシーなんてものは一億光年の彼方だ。
 

ヒロが帰った後も携帯を握り締めてるダイスケにアベが声をかけた。
『あの子の “絶対” は、あてにしちゃ駄目よ』
ダイスケはアベに苦い笑みを見せて頷く。
『わかってる』
『なら、電源切れば?』
『いじわるだね・・・・』
『あんたの為に言ってるの。 状況は何も変わってないのよ?』
『・・・・・・わかってる』
わかっている。 社交辞令だということも、おそらく電話が鳴らないことも。
そしてダイスケは電源を切ることが出来ないであろう自分もわかっていた。
わかっていなかったのは自分の気持ち。 これっぽっちも忘れてなんかいなかったということ。
忘れたつもりだったのに、今日会ってしまったことで、また何かが動くような、そんな予感がして
期待と、そして不安の入り混じった大きな溜息をつくダイスケだった。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送