*** LOVE FOR NOW ***

 

U side-H

 

スタジオを飛び出したヒロは 駐車場に止めてあった車の中で動けずにいた。

なんで逃げてきてしまったんだろうと自己嫌悪にどっぷり浸かっている。

あれは、どう見たってキスだったよなぁ・・・・・と、ため息をつく。

浮気だとは思えないし、挨拶程度のキスだったのはガラス越しでもよくわかったのだが・・・・

そんなに深い関係ではなかったにしろ以前付き合っていたらしい二人だから、どうしても気になる。

でもヒロが一番気にしているのはキスをしていたその場所だった。

ダイスケの仕事部屋はヒロ自身1度か2度、足を踏み入れた程度で近づくことはめったにない。

あそこはダイスケの聖域だと思ってるし、ダイスケがあの中にいる時は仕事中なのがわかっているので、

邪魔をしないように心がけていた。

その場所にニシカワがいたことが気に入らない。

まして “聖域” だと思っていたところでキスしているという事実は もっとショックだった。

でも、あの場合 どう考えても自分は悪くないのだからダイスケを怒ってもよかったはずだ。

ダイスケが悲壮な顔で自分の名前を呼んだのがわかっていたのに・・・・・・・・・・・、

逃げ出した自分を見て ダイスケはどう思っただろう?

ダイスケのことだから いらぬことまで考えて、あれこれ悩んでいるに違いない。

もちろん 腹がたたないわけではなかったけれど、自分自身あまり怒れる立場じゃないことも知っている。

今から戻って 軽口のひとつも叩ければ・・・・と思うが、とてもそんな気分にはなれない。

今日のとこは引き上げようと、またひとつ大きなため息をついてエンジンキーを回した。

 

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まっすぐ帰る気にはなれなかったが、車なので飲みに行くわけにもいかず、深夜までやってるカフェに寄る。

一番奥のテーブルに座ってコーヒーを飲んでると、向かいの席に誰かが座った。

『こんばんわっ』

『あぁ・・・』

『あぁ・・って・・・元気ないわね〜・・・・彼女に振られちゃった?』

ショートカットの女性がクリクリした目でヒロの顔を覗き込む。

『アヤちゃん、今日も可愛いのしてるね〜』

ヒロが誤魔化すように彼女のピアスを指差す。

『返事になってな〜い! でもこれ自信作なの。ありがとっ。』

アヤと呼ばれた女性はにっこり笑って耳朶をさわった。

『で? 成果は? 彼女喜ばなかったの?』

テーブルに身を乗り出すようにして、ヒロに迫りながらも振り返ってマスターにモカ!と注文するのを忘れない。

 

常連客のアヤはマスターとも顔馴染みで、ヒロは彼女に紹介されてここを知った。

アヤと知り合ったのはまだ3ヶ月ほど前で、友人の友人という関係だったが飲み会で意気投合。

その日のうちにキスした後、恋人いるけどいい? とバカ正直に言ったヒロは、キスする前に言え!とゲンコツをもらった。

でも なぜか気まずくなることもなく友人関係が続いている稀なケースだ。

アヤは彫金の仕事をしていて、いつも自分が作ったアクセサリーをつけているのだが、

先月見せてもらったアクアマリンのピアスがダイスケに似合いそうだと思って もうひとつ作ってもらうことにした。

もちろん “彼女” にあげるから・・・・という理由にはなっているのだが・・・・。

それが昨日出来上がって、お礼に食事でも・・・・と六本木に連れて行ったとき、今夜渡すとアヤに話したものだから

で、どうだったの・・・・ということになったわけだ。 

『経過報告してくれるって約束だったでしょ〜?』

なおも詰め寄る彼女にあっさり 渡せなかった と告げると

『あら・・・・会えなかったの?』

会えたんだけど・・・・・・・・と、言葉を濁す。

『もぉ〜〜〜はっきりしなさいよ! それとも言いたくないの?』

あまり気の長いほうではないアヤが唇を尖らせる。

う〜〜〜ん、と考えてヒロはアヤに話すことにした。 

話すことで自分の気持ちが整理できるかもしれないと思いながら。

 

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『ちょっと待って、彼女はキスしてたのよね? 元彼と・・・』

さすがに “彼” とは言えず、ヒロなりに脚色して話している。

『まぁ・・・そうなるかな』

『まぁ・・・じゃないでしょ! なぁんで黙って帰ってきちゃうわけ?信じらんな〜い』

『だって、あそこで “こんばんわ” ってのも変でしょ?』

『ばっかじゃないの!なんで挨拶しなきゃいけないのよ、彼女の浮気現場押さえたわけでしょ?』

ヒロの10倍くらい怒っているアヤは、テーブルをバンッと叩いた。

『いや・・浮気じゃなくて・・・・なんかこう無防備なとこにパッとキスされたって感じだったんだよね・・・・多分・・・・』

のほほ〜んと話すヒロにアヤは大きなため息をつく。

『あのさぁ・・・・・・・、じゃヒロは何が気に入らないのぉ? キスがいいなら・・・』

『いいとはいってないけど・・・・・でも・・・・・何かなぁ・・・・・場所?』

『私に聞かないでよ! その彼女の仕事場が問題なわけぇ?』

そうだ・・・・そこだよ。 アヤに話しているうちに腹立たしさが蘇ってくる。

なぜ あそこにアイツがいたのか・・・・。 もちろん立ち入り禁止ではないだろうけど。

自分も入ればいいのかもしれない・・・・が、それはしてはいけないような気がする。

自分の中にケジメみたいなものがあって、あそこは立ち入ってはいけないダイスケの仕事場だ。

 

すっかり自分の世界に入ってしまったヒロがアヤは何故か可笑しくてたまらない。

能天気なヒロでも彼女のことだと こんなに悩むのか・・・・と新しい一面を見つけたようで少し楽しくなる。

『ヒ〜ロ〜・・・・』

遠くの人でも呼ぶように声をかけると、あ、ごめん・・・とヒロが顔を上げた。

『別れる気は ぜんぜんないんでしょ?』

アヤの言葉にヒロは微笑って頷く。 

『じゃ 彼女と会って話さなきゃ』

そんなことはわかっている。 でも会ったら自分は何を言うんだろう・・・・・・・・・・予想がつかない。

怒るのか、笑うのか、いっそ何もなかったことにするのか・・・・。

ダイスケは・・・・どうするんだろう。 あの場合、彼の性格から素直に謝るとは思えない。 

言い訳から入りそうだ “あれは違うんだよ” ・・・・とか。

『ヒ〜ロ〜・・・・』

また自分の世界に入ったヒロをアヤが呼び戻す。

『どうするの? 今から彼女んとこに戻る?』

ヒロは首を横に振って、ゆっくり立ち上がった。

『今夜は帰って対策を練る』

『なによ、それ〜』

大きな声を出すアヤにお休みと軽く手を上げて、レジで二人分のコーヒー代を払う。

経過報告してね〜』

アヤの声を背中に聴きながら店を出た。

 

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マンションのエレベーターホールでメールを受信した。 ダイスケからだ。

“怒ってる?”

この一言を打つのに、きっと今まで悩んでいたはずのダイスケが可愛くて思わず口元が綻ぶ。

さて、どう返事したらいいものかと考えているうちにエレベーターの扉が開いて自分の階に着く。

玄関のドアを開けると奥のリビングから明かりがもれている。

消し忘れたかな、と靴を脱ごうとして 足元にあるもう一足の靴に気がついた。

『大ちゃん・・・・?』

 

 

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