〜面影(前編)





彼が好きだった

彼が好きだった

本当に彼が好きだった

何年立っても彼を忘れる事が出来ない

ボクは彼の面影を抱き続けている




バタン

車のドアが閉められ、中から可愛い4つのつぶらな瞳がボクを恋しがっている

「アル、アニー良い子で待っててね。アベちゃん頼むね」

「了解。ダイスケ明日は?」

「う…ん、分からない」

ボクは隣に立っている彼をまぶしそうに見た

「そっか。ダイスケはシバタくんに任せていい?」

シバタくんと呼ばれた青年は、ボクの肩を抱き

「無事にスタジオに送り届けますから安心して下さい」

とアベちゃんに頭を下げた

「大丈夫、シバタくんなら信用してるから。じゃあ、明日ね」

アベちゃんと愛犬が乗ったワゴンをボク達は並んで見送った


「泣かれると弱いでしょ?」

サトシがボクの顔を覗き込む

「うん」

「正直だな、ダイスケさんは」

ボクの肩を抱き店の中へ促してくれた

閉店時間が過ぎたのでサトシは入り口のカーテンを引く

まだ揺らぐその白い布の中でサトシはボクにキスをした


サトシとの出会いは

辛く悲しい別れを経験した後

寂しさを埋める為に飼い始めた犬の事で知り合った

離れ難いからとツアー先にまで連れて行ってたら、急に体調を崩してしまい

折り悪く休日だった為に動物病院にも行けず目に止まったペットショップに飛び込んだ

ここなら最小の知識くらいあるだろうと思ったからだ

焦るボクに店長にしてはまだ年若い彼が優しくアドバイスしてくれた

結局は旅から旅への移動が犬にもストレスを与えると言われ、数日立てば元のヤンチャな子犬に戻ってくれた

ボクはそれからもサトシの店を訪れた

全く音楽に興味が無いサトシはボクを芸能人扱いをしない

そんなスタンスが心地良かったのだろう

…笑う口元が忘れられない彼に似ている気がして

いつしかボクはサトシを意識し始めていた


「ふぁ…」

長いキスから解放されたボクは一息吐いた

「暫く会えなかったから強引だったかな…ごめんね」

背中に触れながら謝るサトシの優しさが嬉しかった

「ううん、ボクも…したかった」

彼の前ではこんなにも素直になれる



出会ってから暫くは…

自分の想いを隠していた

だって、やはり…すんなりと受け入れて貰える事じゃないから

ボクは傷つくことが怖かった

それでも、秘めていた想いはいつか溢れてしまうもの

「アサクラさん、ボクの事…嫌いなのかな?」

ある日、サトシが言った

「なっ!?」

「だって、いつも凄い睨まれている気がする。近づくと逃げられるし、オレ…寂しいな」

ボクの愛犬の頭を撫でながら

「オレは君達のご主人が大好きなんだけどなぁ」

と、呟いた

「嫌ってなんかない。それどころか…」

ボクは俯むく

「それどころか…?その続き教えて欲しいな」

愛犬を撫でていた手がボクの手に重ねられと思った瞬間

ボクは彼にキスされていた

サトシはバイセクシャルだとボクに話した

その方が気は楽だとボクは思った

いや、無理矢理思い込もうとしたのかもしれない

店の上階がサトシの住居になっている

ボクは店の定休日の前夜に訪れココに泊まる。そして、翌日仕事に出掛けていく

付き合いだしてから、こんな生活を続けていた

住居スペースがある3階に上がり

リビングに入るとダイスケは部屋着に着替えた

ダイスケが好みそうなくつろげる服をサトシが常に買い置きしてくれているのだ

「これシルクだね、肌触り良い〜」

「ジャ〜〜〜ン」

サトシもお揃いの服を来ておどけて見せた

「うわっ!恥ずい」

「ひどいやダイスケさん、これ買う時店員さんに“彼女とお揃いなんです”ってノロケてみせたのに」

…彼女

そうだね、彼とは言えないよね

押し黙ったダイスケをサトシは隣に座り抱き締めた

「ダイスケさん、ごめん」

「ううん、大丈夫。ボクこそゴメンね、本当はお揃いが嬉しいんだよ」

「知ってる」

フワリと抱きしめられるとダイスケは泣きたくなった

優しくされると遠い昔の彼を思い出す

こんなに幸せなのに…

グーー

「食事にしようか?」

ダイスケのお腹の虫に笑いを噛み殺しながらサトシはキッチンに向かった

出来るだけ2人きりの時間が欲しいからと、食事はサトシが作ってくれる

付き合い出してとても器用なのを知った

「明日は何時にスタジオに送れば良い?」

テーブルの向こうからサトシが尋ねた

「夕方…ううん、もっと遅くても良いよ。一段落付いたから」

サラダのプチトマトをコロンと口に放り込む

「じゃあ、朝早めに起きて何処か行こうか?気持ち良い時期だからさ。花見とか、イベントとも多いしね」

「えっ…」

今まで、明るい日差しの下を2人で歩いた事はなかった

「付き合いだしてかなり立つのにデートらしい事してないよ。

ダイスケさんは芸能人だから、怖いだろうけど外でキスする訳じゃないしね」

「そうだね…ボクも行きたい」

そう答えてから体が一瞬震えた

何かが起こりそうで怖い


最近、購入した数分毎に七色に変化するルームライトのほのかな灯りの中でダイスケはサトシに抱かれる

「ぁ…ん…」

すでにシルクの部屋着はベッドの下に追いやられ

互いの肌の熱を与えあっている

濃厚なキスを交わしながらサトシの唇はダイスケの薄い胸を愛撫していく

己の性器をサトシの手に握られたダイスケの腰がピクンと跳ねる

「ダイスケさん…良い?」

「ダメ!ダメ…お願いだから…ダメ」

「何で…?まだダメなの?じゃあ…オレのは?」

「それも出来ない…ごめんね、サトシ」

サトシは手の中のダイスケの性器をしごいた

「ごめん…あぁ…ごめ…ん…ね」

ダイスケは身を捩って快感に耐える

サイトは少しの間、ダイスケの顔を見つめていた

「また、ダイスケさんを困らせちゃったね。ごめんね」

「ううん、ボクが悪いんだ。サトシが好きなのに…」

ダイスケは手で顔を覆い

初めて結ばれた日を思い出した

ダイスケはサトシの性器を口で愛撫する事も自分のを愛撫される事も出来なかった

どうしてもそれだけはと、泣きじゃくるダイスケをサトシは優しく抱きしめてくれた

それでも…

付き合ううちに慣れてくれるだろうと思っていたサトシは少しずつ苛立ち始めた

…オレと誰かを比べているの?

サトシはダイスケをうつ伏せにしまだ解れていない固い秘部へ己の性器を乱暴に突き挿れた

「ああ!やぁ…や…あ」

身体の一部が引きつれる痛みとやがて訪れるだろう快感にダイスケは愉悦の声を上げた

「ダイスケさん…ダイスケ!誰の事も考えないで…オレだけのダイスケでいて…うっ!…」

ダイスケは確信していた

深く愛されて悦ぶ身体と裏腹

心はこんなに…淋しい

「愛してるよ。ボクの事を離さないでね」

ボクはサトシを愛さなきゃいけない

情事後にシャワーを浴びたサトシはベッドの端に座り込んだまま動かずにいる

「サトシ?」

ダイスケは羽根布団からそっと起き上がりサトシを呼んだ

返事は無い…

「どした?」

ベッドのスプリングを弾ませて、サトシの隣に並ぶ

「サトシ」

柔らかなウエーブがかかった茶色の髪をそっと撫でるとサトシがダイスケの肩に頭をもたせかけた

サトシの方が上背があるから、かなり辛い体勢なのに・・・と、ダイスケは心の中で苦笑する

「甘えん坊だね」

こんな所も彼を思い出させた


「さっきは無理矢理して…ごめんね」

「謝らなくて良いよ、ボクが悪いんだから。いつまでもサトシを悦ばせてやれなくてごめんね。

許して貰えるならもう少し時間をくれる?」

「無理しなくて良い。オレはあなたにそんな事させたい為にセックスしているんじゃないのに…

分かっているのにイザっ!ていうと虚しくてオレはあなたを全部、愛してあげたいのに」

更にサトシは身体を密着する

髪がダイスケの首筋にかかってくすぐったかった

こんなにも素直で

こんなにも一途に

愛してくれていると思うとダイスケはサトシを抱きしめずにはいられなかった

「サトシが大好きだよ。だから…もう少し…もう少しね」

どんなに焦がれても彼は二度と抱きしめてはくれないのだ

今はこの手を離さないでいよう…

「明日早く起きてドコに連れて行ってくれるのかな?ボク凄い楽しみにしているんだよ」

顔を上げたサトシの表情が明るくなった

「本当?」

「サトシと一緒ならドコでも楽しいと思うけどね」

ダイスケは思う

ボクの為に悲しい顔はして欲しくない


「どう?綺麗だったでしょ?」

向かい合い座るサトシの機嫌はすこぶる良い

「うん、凄く」

ダイスケは子牛のソテーを一口ほうばりながらサトシに頷いてみせた


朝早く起きてサトシが連れて行ってくれたのは

昔遊んだ公園だった

しかし、公園と言っても

かなり規模が大きく、そこには数千本の薔薇が咲き乱れていた

「わあ〜〜〜〜」

そう感嘆の声を上げたきり

ダイスケは色とりどりの薔薇の競演に目を奪われた

こんなに素晴らしいのに人がまばらなのはどうしてと尋ねると

「ここは近所の人達が大切に守っているんだよ、人を呼ぶ為に整備されている訳じゃないんだ」

いわゆる“知る人だけが知る隠れ家”的な場所らしい

鮮やかに咲き誇る花の色は決して人間が作り出す事は出来ない

白、ピンク、オレンジ、黄色、黒…

中でも強く目を奪われたのは血の滴るような真っ赤な大輪の薔薇だった

触れたら、それだけで己の命さえ吸い取られそうな気がする

「…怖いね」

「そう?じゃあ、これならどう?」

「えっ?」

ちょうど、薔薇の蔓が絡まったアーチを入った所でサトシはダイスケの右手を握りしめた

人目を気にしながら二人は幸せだった

その掌の暖かさは薔薇のむせかえるような香りと共にダイスケの記憶に焼き付けられた

薔薇を堪能した後

都内に戻りランチをとりながら、ゆったりとした昼下がりを楽しんでいた

「ここのデザートが絶品なんだよ」

「それを知ってて連れて来てくれたんだ。嬉しいな」

ダイスケはちょっとと言いイスから立ち上がった

視線がレストルームを探すのに気づき

「あの衝立の向こうだよ」

サトシが教えてくれた

振り返った瞬間、座っている女性の綺麗な指に惹きつけられ

“あぁ…あの真っ赤な薔薇と同じ色のマニュキュアだ”

思うと同時にダイスケは胸がざわついた


ダイスケは女性の横をすり抜けレストルームへ向かう

その赤い指先が苛ついたようにコップの水滴を弾いた

“待ち人が来ないのかな”

ダイスケがそう思うのと同時に、店のドアが開き入って来た人とぶつかった

余程、相手も急いでいたらしく

お互いに勢いが付き、ダイスケは胸に抱き止められる形になった

「あっ!」

「すいません!」

偶然とはいえ、サトシがこちらを見ていないようにと願った

「ヒロ!遅い!」

先程の赤いマニュキュアの女性がこちらに声をかけた

ダイスケの息が止まる

“ヒロ?”

その名前に反応してしまう自分が嫌だった

そして…人違いだと分かっていて“ヒロ”と呼ばれた人を見つめてしまう事が嫌だった

ゆっくりとダイスケは顔を上げる

「…どうして?」

「…大ちゃん?」

今まで人違いばかりだった

会える事など無いと思っていた

それなのに自分は今、ヒロの胸に抱き止められている

その現実にダイスケは叫び出しそうだった

「ヒロなの?」

「うん…久しぶりだね」

あの日

時を止めた2人の運命がまた動き始める

サトシを愛すると誓ったダイスケの心が揺らいでいく

「ヒロ!こっちよ」

かん高い女性の声がダイスケを我に返した

「今行く!じゃあ、大ちゃんまたね。携帯…いいや!近いうちに事務所に電話するね」

「う、うん…」

ダイスケから身体を離すとヒロユキは女性の元に駆け寄った

「ダイスケさん」

呆然と立ち尽くすダイスケをサトシはじっと見つめていた


「……さん?ダイスケさん!」

サトシはハンドルを操りながら助手席のダイスケを何度も呼んでみた

しかし、心ここにあらず

ダイスケは車窓を目で追うばかりでサトシの声は聞こえていない

あれから急にダイスケがデザートも食べずに帰ると言い出し

それこそ、サトシが承諾しなければ一人でも店から飛び出す勢いだった

店の入り口で何かハプニングがあったらしいとしかサトシは理解出来なくて

知り合ってからもサトシはダイスケの仕事に関しては無知なままでいる

…芸能人ではないダイスケが好きだ

サトシはいつでも思っている

「ダイスケさん」

「んっ…?なあに?」

「やっと返事してくれた」

「ごめん…」

「別に謝らなくても良いけど、何があったのか話して欲しいな」

優しく…

それでいて少しとがめるようにサトシの言葉はダイスケに刺さる

「…さっきさ…偶然、知り合いに会ったんだよ」

「知り合い…?」

「うん…久しぶりだったんだけど話す間もなかった。待ち合わせに遅れたみたいで彼女に怒られてたから」

「そっか…ダイスケさんの知り合いなら紹介して欲しかったかな」

「そうだね。また会う事があったら…ね?」

…嘘だ

ダイスケは思った

ヒロユキに出会った瞬間

サトシを忘れていたと言える訳がない

それでも、もう二度と会う事も連絡もないとダイスケは思っていた

「まっ、良いけどさ。この後どうする?このまんまスタジオ行っちゃう?」

ハンドルを急に切られ身体が傾く

「サトシ…怒った?」

横顔に頑なな陰を見つけダイスケは狼狽えた

「何で?怒ってないよ。強いて言えば…あそこのデザート食べ損なったのが悔しいかな」

「また食べに行こうね」

「じゃあ、来週!決まり!」

2人の間に出来た小さなわだかまりを見ない振りをして、サトシは笑顔をダイスケに返した


「もしもし、サトシ

あまり電話出来なくてごめんね。

今さ、プロデュースの依頼が3つ4つ重なって大変な事になってるんだよ。

食事?あんまりちゃんとしたモノは食べてないかなぁ

うん、でも身体は大丈夫だよ。

明後日はマネージャーと喧嘩してでもサトシ家に行くからね

え!?喧嘩しちゃダメ?

しないよ、アベちゃんは優しいから無理聞いてくれるから。

うん、うん

食事?この前のお店、絶対行こうね

ボクもすっごい楽しみだよ

あっ?お客さん来たね。

じゃあ、また電話する

ん?何?

バカ…恥ずかしいじゃん

もう!切るよ!

…サトシ、愛してる」

ピッ!

「ラブラブね」

背中に掛けられた声に振り向くとアベがニヤニヤしながら入り口に立っていた

「立ち聞き?らしくないじゃん」

「そうっ?聞かれたくなかったらカギでも掛けときなさい」

「あれ〜じゃあボクが悪いの?」

「最近、沈んでたから心配してたのよ」

「…長く付き合ってればそんな日もあるよ」

ヒロユキと会った事はアベに言わなかった

連絡があるかも…

なんて期待していると思われたくないからだ

「で、何?私と喧嘩するの?」

「まさか…アベちゃんは優しいって言ったでしょ?そういう所は聞いてないんだから」

アベはフフッと笑って部屋を出た

「…連絡なんてあるわけない」

あり得ないと分かっていながら、心の奥底では待ち望んでいる

「ダメダメ…サトシが大切なんだから」

「ダイスケ!お茶いれたからこっちに来ない?」

アベがダイスケを呼んだ

「はぁい、今行くね」

丁度、キリの良い所でダイスケはマウスを止めた

バタン!

勢いをつけてドアが開けられ、不思議そうな顔をしたアベが飛び込んできた

「ごめん、アベちゃん!すぐ行くつもりだったんだよ」

「違うの…違うのよ。ダイスケに電話」

「誰から?」

微妙に問いかける声が震え、手の平に汗が滲んできた


人生は何が起こるかわからない

…なんて

頭で理解してても

理屈では知ってても

イザ、自分の身に降りかかるとそれを認める事が出来ない

今がそんな気持ちだ

と、ダイスケはアベが差し出した受話器を持ったままなかなか耳に押し当てられずにいた


「もしもし…」

『あっ!大ちゃん??オレだよ。ヒロ、ヒロ!久しぶりだね』

この、せっかちさも変わらない

ダイスケは自分からはあまり話さずヒロユキの声を聴くことだけに耳を傾けた

『この前はゆっくり話せなくてごめんね』

「ううん」

『元気そうで安心したよ。ねえ、大ちゃんせっかく会えたんだから食事しようか?明後日とかどう?』

「明後日?あ…」

…サトシと会う日だ

『いきなりじゃ都合悪いよね、ごめん。じゃ、いつが良い?』

「ううん、予定なんかないよ。会えるから」

ヒロユキの落胆したような声色にダイスケは思わず返事してしまった

忙しいから部屋に行くの遅くなる…

サトシにはそう告げれば良い

やましさは欠片も無かった

『良いの?』

「…大丈夫。ヒロに会いたい」

もう、これ以上気持ちを押さえるのは無理だった


・・・・・・・・・

「あれ…東の空、真っ黒。夕立が降りそうね。最近の天気予報当たるから…」

アベがブラインドの向こうを見て呟いた

「雷も鳴るそうですよ」

スタッフが同調する

ダイスケは鉛色に姿を変えつつある空に

これから自分の回りに起こるかもしれない“何か”を感じた

「早く出掛けないと大変よね。シバタくん、迎えに来るの?」

「ん…今日は用事があって来れないって」

…アベにもウソを平気でつける

アベも電話の事は何も聞いてこない

「そう…じゃあ送ろうか?」

「大丈夫、買い物してサトシの所に行くから」

ダイスケは時計を見て帰り支度を急いだ

「お先に。アベちゃん、明日ね」

「ダイスケ」

「何?」

「サトシと仲良くしてね」

「分かってるよ。じゃあね」

いつもより遅く感じるエレベーターに焦れながら外に出て、数メートル離れて止まっている車に駆け寄った

「ヒロ」

「大ちゃん、早かったね」

この笑顔をずっと待っていた



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