君と・・・・・





   * 3 *




「うわあ!凄い!凄い!凄い!綺麗!ヒロ見て!見て!」

「見てるから」

ユリのはしゃぎぶりにヒロユキは苦笑いをこぼした

女性ってのはつくづく光りものに弱いのだなと…


「大ちゃんに見せてあげたい」

知らず口から出てしまった言葉にヒロユキは慌てた

しかし、この喧噪では誰にも気付かれてはいないと思ったのだが…

ユリには聞こえていた

…大ちゃん? アサクラさんの事?

お願いだから、私以外の誰の事も考えないで


パシャ

ヒロユキは携帯のカメラでクリスマスツリーを撮り、ダイスケに送った


きっと喜んでくれそうな気がする

「ヒロ!ツリー撮ってないで私を撮ってよ!」

「じゃあ、ソコ立って」

ユリはヒロユキの気を自分に向けたかった

何回も強請ってはカメラを向けてもらう

その時だけヒロユキは自分を見てくれるから…

「最後にすんごいアップで撮ってあげようか」

「え〜〜恥ずかしい」

ヒロユキはカメラのズームを動かした

だんだん、ユリの笑顔が画面一杯に大きくなる


「OK!写すよ」

不意に画面の中で金の髪が揺れた

と、思ったらすぐに人混みに紛れてしまった


…まさか?

シャッターボタンを押す手が止まる


ダイスケがこんな場所に居る訳はない

それでもあのシルエットは確かに彼のモノだった


急いで上にあがろうとするけれど人が多すぎて足が前に進まない

「大ちゃん!」

必死で探し回ってもダイスケを見つける事は出来なかった

…オレの見間違いだったのか

ヒロユキは足を止めた

「ヒロ…待って!待ってよ!」

ヒロユキの後を付いてきたユリの息が乱れている

「どうしたの?…私ビックリしたわ」


「知っている人に似てたから。でも違ってた」


「あ!」

ユリが叫び声をあげた

「どうしよう…イヤリングが片方無いの!大切にしてたのに」

さっきヒロユキが誉めてくれたイヤリングの右耳が無かった

「階段を上がっている時に色んな人とぶつかったから…」

瞳がみるみるうちに潤んでくる


しかし、涙だけはこぼすまいと唇を噛みしめた

「ごめん…ユリ」

ユリの震える肩を抱き締める事も出来ず…


ヒロユキは胸の中でダイスケのシルエットを追いかけていた

「大ちゃんはココに居たの?」





アベはハンドルを操りながら気にかかることが二つあった

一つは助手席で美味しそうな匂いをさせながら、冷えてゆくベーグルの事

せっかく長く待って人気No.1をゲットしたのに、いきなり店に飛び込んできたダイスケに連れ出された

「アベちゃん、帰ろう!」

「えー!今食べたいのに」

「…じゃあ、ボク一人で帰るよ」

何故か隣接しているデパートの中を抜けようとするダイスケに切羽詰まるモノを感じ慌てて後を追った

そして、気になる事のもう一つは…

そのダイスケだ

車に乗り込んでから一言も喋っていない

目を瞑り誰をも寄せ付けない雰囲気を出している

ナニかがあった事は確かなのだが、ナニがあったかを聞く事はしない

話せるなら自分から言うだろう

「ダイスケ…スタジオで良いの? 部屋に送ろうか?」

「…」

無言は肯定なのか否定なのか

今更、スタジオに行っても良い曲など書ける自信はない

ダイスケはポケットから携帯を取り出す

新着メールを告げるランプが規則正しく光る

「?」

ヒロユキから添付が付いたメールが届いていた

ダイスケはそのメールをすぐに開けなかった

自分ではヒロユキに見られていないと思っているけれど…

何が添付されているのかも怖かった

やっとメールを開く

「これって…」

たった今見たばかりのバカラのクリスマスツリーだった

本文は無く件名に一言

『大ちゃん見える?』

「ヒロらしい……うん、ちゃんと見えるよ」

不思議な優しさがダイスケの胸に広がる

「アベちゃん、スタジオに行って」


「良いの? 大丈夫?」

今なら優しい曲が書けるかもしれない

ダイスケは前を真っ直ぐ見据えた





「どう? 落ち着いた?」

「うん…大丈夫」

熱いカフェ・オ・レを飲むとユリはホッと一息付いた

あれから二人で必死にイヤリングを探したけれど、この人混みの中では下を向いても石畳すら見えない

それでも一生懸命探してくれたヒロユキの優しさはユリにはイヤリング以上に大切なモノに思えた

「ゴメンネ」

「もう謝らないで…ヒロのせいじゃないし」

「でも、誕生日プレゼントだったろ?」

「自分から自分へのね」

「それでも大事な事にはかわりないよ」

「…もう出ない?」

ユリがレシートを掴むのを見たヒロユキは慌てて後を追いポケットから札を出した


カラン

心地よいドアベルに背中を押され外に出た

深夜に近い時間にも関わらず人並みは途切れない

皆がクリスマスの魔法にかかってしまったようだ

ユリはもう一度クリスマスツリーの前に立った

ヒロユキもそっとユリの後ろから見守る

「綺麗…」

「そうだね」


好きな人と一緒に見ると結ばれる

雑誌の見出しに踊らされ、来てしまったけれど

ヒロユキと結ばれるなんて夢の夢

「今日はありがとう、とっても楽しかった。 ココにも来られたし。 …私帰るわ」

「送るよ」

「まだ電車あるから大丈夫」

「じゃあ、駅まで送るよ」

ガーデンプレイスから駅までは目と鼻の先だ

程なく改札口に着いてしまった

ユリが乗る電車がホームを離れた所だった

「行っちゃったけど…またすぐ来るから。 ヒロも車拾って…」

「じゃあ」

駅の改札を入りかけたユリが振り向く


「ヒロ!あのね……さっき、食事した店でね…」

「さっきの店で何かあった?」

言える訳がない

ヒロユキの電話に出て、挙げ句ダイスケの名前を削除した事など

「ユリ…?」

「…さっきのお店凄い美味しかった。 …だから、また会ってくれる?」

「OK!いつでも連絡して」

「本当!?」

「たださ…これから年末にかけては仕事が立て込んでくるから無理なんだ。 年開けてからで良いかな」

「ヒロに会えるならいつでも良い!」

あなたと2人きりになれるなら食事する時間さえいらない


「…ヒロ、私の事どう…思って…」

次の電車が到着するアナウンスがユリのか細い声をかき消した

「ん? 今何か聞いた?」

「ううん…何でもない。 サヨナラ」

ユリは改札を抜け、ホームに消えて行った





「出来た…」

誰もいないスタジオでダイスケはたった一人コンピューターと向き合っていた

ヒロへの想いがそのまま曲になってダイスケの指から溢れでる

ここ最近でこんなに素直なメロディを作った事は無かったかもしれない

一音ごとにヒロユキの声を乗せて…

それはダイスケだけの特権

携帯を開いてヒロユキがくれた写真を見つめる

「ヒロ」

この一枚の写真が辛い思い出と共に優しい思い出にもなりえる事を教えてくれた

ヒロユキの隣には一緒に願いを叶えたい人がいた

「あーあー今年も淋しいクリスマスになりそうだな」

足元にうずくまって眠る二匹の犬に話かけた

「…の前にディナーショーだよね…そう思うでしょ?」

ダイスケはピアノの前に座り練習中の曲を弾いてみる

躓いちゃいけないと思う所で指が引っかかる

「何でかな…?」

♪…♪…♪……!!

ダイスケはピアノの蓋を乱暴に閉じた


「何でさ?!どうして!ヒロの隣はボクだけのモンじゃないの!!!!」

ダイスケは絶望の中にいた



どれだけの時間、そうしていたのだろう…

愛犬がじっとダイスケの顔を見つめている

「あ…」

悲しそうな不思議そうな慈しむような…

そんな表情をする時はきっと…

ダイスケは自分の頬に手を当ててみた

「…泣いているんだ」

涙はあとからあとからこぼれて掌を濡らしていく

止めようとは思わなかった


涙にヒロユキへの思いを封じ込め全て流してしまえたら…

こんな辛い日々を送らずに済むのかも知れない

ダイスケはふと思う


無音な世界にたゆたう…二度と立ち上がれないような、この感覚も心地良い

「そうか…やっぱボクはMかぁ」

ダイスケに笑顔が戻る

泣き続ける自分は『らしく』ない…

床に膝を着いて愛犬たちを抱きしめた

「あったかいね」

もっと早くこの温もりにすがれば良かった

ボクは一人じゃない

そして、どんなに打ち消しても確かに自分の心には彼がいる



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