君影草

 

      【前編】

2001年1月

ヒロユキは渋谷P劇場でミュージカル出演していた

高名な演出家の代表作で何度も俳優を変えて演じられている作品の主役に抜擢されたのだ

歌はもちろん、激しいダンス、膨大なセリフ、芝居、全てにおいて完璧を求められる

ミュージカルの世界では素人のヒロユキは芸達者な共演者に囲まれて、常に見えないプレッシャーと闘っていた

特にダンスは若い時に踊っていたなんてのは赤ん坊の遊びに過ぎなかったと思い知らされた

連日連夜の稽古で身体中の筋肉が悲鳴を上げて夜中に飛び起きるなんてザラだった

それでも与えて貰ったチャンス・・・それを掴むのは自分なのだと必死に自分を奮立たせる

 

気付けばaccessを卒業してから6年が経っていた

 

初日の幕が開けば『面白い』と評判が評判を呼んで動員も増えて行き連日立ち見がでるほどの盛況だ

同時に演劇評論家たちの間でヒロユキへの絶賛の声が日毎に高まって行く

ヒロユキ自身は毎日の舞台を精一杯努める事だけで周りの賞賛などは気にもしなかった

 

空は冬特有のどんより黒い雲に覆われて今にも白い溜め息をこぼしてしまいそうな・・・ある日

「ヒロ」と楽屋に入るなりオレを呼ぶマネージャーの方に目をやれば

「大ちゃん?!」

白いコートを着たダイスケが優しい笑顔で立っていた

「大ちゃん〜〜どうしたの?」

「どうしたの?はナイでしょ・・・ヒロの雄姿を観に来たんじゃない」

「だってさあ・・・2日前にウツさんと木根さんが観に来てくれたしさ・・・みんなどうしたの?」

「2人に〃ヒロがもの凄くカッコ良い〃って聞いたから、絶対行かなくちゃ!って思って無流矢理アベチャンに時間作ってもらったんだよ」

「そっか・・・うん・・・・ありがとうね、凄く嬉しい」

「・・・・頑張ってね。ちゃんと見てるからね」

去年、ダイスケの記念本を出版する際ヒロユキと対談したいとの申し出を受けて5年振りに再会した

ぎこちなくなるのかも・・・とお互いが思っていたのは杞憂に終わった

多くを語る事など無駄な事だった

それ以上交わす言葉は無くお互いの目を見つめあえば充分だった

「そうだ、みんなに紹介するよ」

ヒロユキはダイスケを連れて共演者の楽屋を回った

後から付いて回るマネージャーにはヒロユキがダイスケ自慢をしているとしか見えなかったが・・・

短いベルが開演5分前を告げて場内アナウンスが流れている

楽屋の中にいても伝わってくるスタッフの緊張がダイスケと笑い合っていたヒロユキの顔を一瞬に舞台へ上がる顔に変えた

「じゃあ・・・僕は客電が落ちてから座るから。アベチャンもすぐに来るって・・・楽しみにしてるみたい」

「アベチャンが、そんな事を・・・?うわ〜〜〜〜怖いかも」

「ねぇ〜〜」

「プッ!」「フフフ・・・」

噴き出すタイミングも昔と変わらない

「終わったら、また楽屋に来てくれる?」

「うん」

離れ際、ダイスケは軽くヒロユキの腕をポンッと叩いた

その僅かな触れ合いの中にダイスケのたくさんのエールを感じ取る

「大ちゃん・・・」

その日、ヒロユキは何度と無く舞台上でダイスケの姿を追っていた

ソロでバラードを歌う瞬間は不覚にも涙でダイスケの姿が滲んだ

6年の時が何も無かったかのように・・・・

・・・・・・・・・・・彼がそこにいる

今日の舞台はヒロユキ的には納得行く物では無かったが回りに助けられて最高のデキになった

演出家も共演者もスタッフも「ヒロ、良かったよ」と労をねぎらってくれた

一人の楽屋に戻るとあの泣きそうだった瞬間の感情に自分自身が戸惑っているのが判る

自分が必死にチャンスの前髪を掴もうとしているこの舞台を彼はどう思って見たんだろう?

彼の目に自分が無様に映ってやしなかったのかと気持ちが揺れる

コンコン・・・

「ハイッ」

「ヒロ〜〜〜凄く良かったよ〜〜カッコ良かった〜〜〜」

大声を上げながらダイスケが楽屋に飛び込んできた

「本当?」

「どうしたの?そんな情けない声だして?」

「何甘えてる訳?」

ダイスケの後に立っていたアベにヒロユキは気付かなかった

「ア・・アベちゃん・・久し振り・・観に来てくれてありがとう」

「ヒロ・・?何かあった?」

ダイスケがヒロユキの瞳を覗き込んで聞いて来る

「何も・・・今日はアドリブで〃アクセス〃なんて言われてオレ驚いちゃったから・・・アドリブ苦手だから」

「そんな事・・・全然関係ないくらい、凄かったよ。歌・・・前より上手になったね。聞き惚れちゃった」

「良かったわよヒロ・・・ダイスケなんか途中で感激して〃凄い〜〜〃って声出してたから」

「エェ・・・本当?うわ・・恥ずかしいよ〜回りの人に聞かれていたかも知れない?どうしようヒロ?」

「それは・・・大丈夫だよ、大ちゃん。自分が思うほど大きな声じゃないと思うよ」

「ヒロも本気で答えなくても良いわよ」

「だって〜〜〜〜」

3人で話している自然さ・・・何かがヒロユキの中で変わって行く事にまだ自身も気付かない

まだ仕事が終わっていないからとすぐにスタジオに戻らなければならないダイスケ達を車まで送りながら

「ヒロ・・・今度食事しようね」

「うん・・・」

対談した時も約束はしたけれど、二人の時間が合わず結局言葉だけになってしまっていた

今度も言葉だけの約束になってしまうのだろうとヒロユキは思ったけれど・・・

「きっとね」

「うん・・・きっと」

車が走り出してからしばらくそのまま立っていると鼻先に冷たいものが触れた

「雪だ・・・」

とうとう空から白い溜め息が落ちて来た

 

「ヒロ・・・頑張ってたね。ダンスなんて凄い練習したんだろうね」

「他の人は舞台のプロだもの・・彼らに付いて行こうと思ったら努力しないと」

「うん・・・それに懐かしかった・・ヒロの声」

「マネージャーに聞いたけど、今回の舞台の評判が凄い良くて出演のオファーが殺到してるらしいわよ。8月の舞台も決まったって。」

「本当?凄いね」

「ほらっ・・2年前にタカノリが出た『リトル・・・』」

「あぁ・・・あれ・・。僕が音楽監督したよね?今回は?」

「オファーは来ていないわよ」

アベの言葉に落胆するダイスケの顔はとても淋しそうで悲しそうだった

「ダイスケ・・・?」

アベの方を見ようともせず・・・

「この雪・・積もるのかな?」

 

「ウオ〜〜〜〜〜〜!」

ヒロユキは幕が下りて楽屋に戻るなり叫んだ

千秋楽まであと僅かになった今日のデキがあまりにも良くて気分が高揚していた

「おっしゃー!」

始まる前はあんなに不確かだった舞台を今は確実にやり遂げられそうな気がしてきた

身体は疲れてる筈なのに奥底に沈んでいるモノが痺れている様な感覚・・・・

本能で判る・・・こんな日は無茶をしたい

でも、まだ舞台が残っている今は酒でハメを外す訳にはいかなかった

・・・残るのはセックスしかない

それもお綺麗なセックスじゃなくて獣のようにむさぼり合いたい

メイクを落とし着替えを終えてから携帯のメモリから適当に番号を選んで発信を押す

この気分で選んだのはクラブで知り合った女の子

理屈っぽい女はパスだ・・セックスするまでに食事だ、ムードだなんて必要ない

それこそ会って、脱いで、感じあって、吐き出して、すぐ別れる・・・そんな女がイイ

PURURU・・・

「あ、セイラ?オレ・・ヒロ。今日さ・・会える?」

『ヒロ〜〜〜久し振り〜〜〜〜最近、クラブ来ないの?・・・ゴッメ〜〜ン!今から合コンの約束あるんだ」

「そっか・・じゃあ、また・・」

PI・・・・

女に不自由しないと言っても都合良く会える訳じゃない

そして・・・プライドの高さが次のメモリーを探すのを拒んでしまう

「フ〜〜〜〜仕方ない・・部屋戻って自分で・・・するか・・」

苦笑いが零れた瞬間、携帯が鳴った

「うん?・・・・・大ちゃん?!」

画面にダイスケの名前

「もし・・もし・・」

『ヒロ?お疲れ様・・・もうパルコ出ちゃった?』

「ううん・・・まだ楽屋だよ。今から帰ろうとしていた所。どうしたの?」

『・・・食事しない?ダメ?先約ある?』

「そんなモンないけど。大ちゃんは出られるの?忙しいんでしょ?」

この業界にいれば嫌でも聞こえてくる・・ダイスケがプロデュースするアーティストがレコーディングしているらしい事は

『早く終わったから・・・・ヒロと食事する約束思い出した』

「OK!今から出るけどドコに迎えに行ったら良い?」

ダイスケのスタジオをおおまかに教えて貰って車を走らせた

ヒロユキは詳しく聞くことは無い、会いたい人がいれば必ず目的地に着くと言う絶対の自信を持っているから

ダイスケと久し振りに食事をするのが嬉しくて・・・身体の中の痺れは沈められると思った

 

NEXT

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送