◇◇◇ 果てしなき・・・ ◇◇◇








「ウソ…」

ダイスケはその記憶を消したかった。

それは、この世で一番見たくなかった光景。

それなのに…

そこにいる二人があまりにも綺麗で一歩も動けずにいる。




チュッと唇が離れると青年はヒロユキの耳元に囁いた。

「これでボクの気持ちが本気だって分かってくれましたよね」

「それは君がいきなり」

「いきなりでもあなたは受け止めてくれた。 今すぐじゃなくても、ボクの事好きにさせます」

その瞳に宿る光は真剣だ。

ヒロユキは笑い話で済まなくなってしまったのを肌で感じた。

「サイトウくん、オレたちは良い仲間でいるべきだと思う。 少なくても君は大ちゃ…アサクラさんのスタッフなんだし」

サイトウと呼ばれた青年は再びヒロユキとの距離を詰めた。

「慧でいいです。 あなたがアサクラの恋人でも構いません」

慧の動きはしなやかな猫を思わせた。

怖いモノなど今は何一つ無いのだろう。

気持ちが真っ直ぐにヒロユキに向けられてゆく。

「アサクラさんから奪う事なんてたやすい」

慧の細い腕がヒロユキの背中に回された瞬間

背徳とか裏切りとか…

それらの言葉は意味を成さないのを知った。






「サイトウくん、昨日頼んだ仕事どうなった?」

ダイスケのマネージャーが事務所を見回し、まだ学生のようにあどけない彼に声を掛けた。

「はい、出来てますよ」

「あらっ…いつもながら早い仕事ぶりね、顔は可愛い、仕事の手際は良い、文句なしじゃないの。」

「また、そうやってからかう…」

言い返しながらまんざらでもないようだ。


バタン


「アサクラさん、おはようございます」

「おはよう」

ダイスケはその無邪気さが憎らしかった

昨日の光景がまざまざと甦り、交わす挨拶があまりに無味に思えた。


…君はヒロと

聞きたい

聞けない


「おはよう、どうしたの? ダイスケ。 気分でも悪い」

「ううん・・・全然元気だよ」

「アサクラさんのスケジュール凄いから、体調もおかしくなりますよね」

「だから…大丈夫だってば!」

思わず強くなる口調にマネジャーの動きが止まる

「ダイスケ?」

「あっ…ボク仕事に戻ります」

ココにはいない方が良いと思い慧は部屋を出た

ダイスケは深くため息をこぼすと、椅子に座り込んだ

アベがダイスケの隣に立った

「彼を気に入らないの? 確かに知人の紹介で中途採用した子だけど、仕事の飲み込みも早いし楽器にも強いから

将来的にダイスケの良いスタッフになると思うんだけど。 マネージメントの仕事も覚えさせたいしね」

「アベちゃんのイチ押しなんだ」

「嫌みな言い方しないでよ。 今日はヒロ来るの?」

「何で?」

「ヒロが来たらあなたの機嫌が治るかと思ってね」

「来ないよ!来なくて良いから!あんな…奴」




ヒロユキは秘密を持つのは苦手だ

自慢じゃないが恋愛絡みの隠し事はすぐにバレてしまう

・・・あなたはすぐ顔に出るから

今までに何回も言われている

「でもさ…今回のはな」

車のハンドル相手に愚痴った所で昨日の事が消えてなくなる筈もない

あんな些細な事が秘密と思わなければ良いのだが…

ダイスケのスタジオに行くようになり、彼のスタッフとも仲良くなった

…そこに慧がいた

普通の青年だと思っていたのに

「はぁっ…何でオレなんだ?」

思わずハンドルに顔をつっぷした


コンッコンッ


運転席の窓ガラスを誰かに叩かれた

顔を上げるとそこに立っていたのは目下の悩みの種の彼だった

てらいもなく向けてくる女の子のような綺麗な笑顔からヒロユキは一瞬、目が離せない

「タカミさん、おはようございます」

窓ガラス越しに話そうとしてヒロユキはふと思った

なんだか、そのまま彼が乗り込んでくるような気がして車から降りた

「おはよう…外に用事?」

「えぇ、一番下っ端ですから何でもしないと」

卑下したように薄紅の唇が言葉を紡ぐ

そんな態度も彼らしいと思えた

「そっか…じゃあ」

さして会話を続ける事もなく、ヒロユキはエレベーターに向かう

背中に慧の熱すぎる視線を感じながらも、それを振り払うようにスタジオを目指した


「友達だとか仲間だとか言い訳してるけど…あなたはボクを意識してるじゃないですか」

慧はクスッと微笑んだ




スタジオのドアを開ける前にヒロユキは大きく深呼吸した

「おっはよ〜う!!」

こういう時は勢いが大事なんだよなぁ・・・とばかりに務めて大声を出し中へ入った

「いつにもましてハイテンションね」

冷静にアベが迎えてくれた

「いや…そうじゃないんだけど」

チラッとアベの肩ごしに彼を探す

それを察してアベが怪訝な顔をした

「ひょっとしたら…ダイスケと何かあった?」

「何で?」

周りに聞こえないように少し声を潜める

「かぁなぁりぃ…機嫌が悪いから。 またヒロ絡みだと思ってるんだけど?」

「う〜〜〜〜〜」

思い当たる事はあるようで無い

まさか慧が大ちゃんに?!

昨日のキスがバレた?!

ヒロユキのぐるぐるする瞳を見て “やはりね” とアベは心中でため息をつく

「知らないわよ、今日のはすぐに治るような気がしないもの」

「アベちゃん、冷たい事言わないでよ。 あっ、でもオレは何もしてないけどね」

それが言い訳がましいのよ

と、アベに背中を押されヒロユキはダイスケがいる部屋へ放り込まれた

えぇ〜〜〜〜!ひでぇ

「おはよう…大ちゃん。 遅くなってごめんね」

先に何か言われるなら、とりあえず謝っておこうと思った

ダイスケは後ろを向いたまま何も発しようとしない

「大ちゃん?」

ヒロユキは向こうむきのダイスケの背中が頑なに自分を拒んでいる気がした




ダイスケはずっと考えていた

浮気なんて誰だってする事だ

浮気と名付けなくても恋人以外に目が行くのは人間として当たり前かもしれない

ましてや…カッコよくて人目引く彼ならば手綱を持ち続けることすら不可能な気さえする

ならば彼を手放せるのかと言えば、それは更に不可能だ

キスは彼には単なる挨拶なんだから

ホント………………?

慧と向かい合う前に、知りたいのは恋人の心だった

ヒロユキが部屋に入って来た事は分かっていた

少しだけ昨日の光景がよぎったけれど、あの時ほど辛くはない

「大ちゃん?」

ヒロユキの優しい声を背中に感じて、キツい顔を作れなくなる

それでも意を決して怖い顔で振り向く

「ヒロ…ボクに隠し事なぁい?」

すぐに認めるとは思えないけれど思いっきり不機嫌に尋ねた

ヒロユキの瞳がわずかに動く


…そんな簡単に認めちゃダメじゃん

本当に素直なんだから

そんなトコもダイスケは愛せると思った


「あるの?ないの?」

「うっ…実はね…最近、好きだって言われたんだけどね…」

…やっぱり

「その人の事…ヒロはどう思ってるの?」

相手の事は聞かない

誰であろうとヒロユキを渡す気はなかった


「オレ!?オレは何とも思ってないよ。 当たり前じゃん!」

「何で?」

「何でって…言わなきゃダメなの?」

…言葉にしないと伝わらないよ



ひどく取り乱したり

ひどく罵ったり

ひどく罵声を浴びせたり

してくれたら・・・黙っていたのにとヒロユキは思った

振り向いたダイスケの表情があまりにも儚げで悲しそうで

そんな彼を裏切る事なんて出来なかった

後から知ったけれど、あの表情が “思い切り怖い顔” だったらしい


好きと言われたと告げてもダイスケは「誰」とは聞かなかった

相手に心当たりがあるのかもしれない

「ヒロはどう思うの」と聞かれて

何となく、胸の内でくすぶっていたナニかが静かに消えてゆく

妖艶な外見に惹かれたのは本当だが、若い情熱に押し切られるほど経験値は低くないつもりだった

何より・・・いつも傍らで見つめてくれる大事な人を欺いてまで溺れる恋じゃないと思う


「何とも思ってないよ。当たり前じゃん!」

そう意気込んでみた

ただ照れくさくてその先はなかなか言えないけれど

「ふぅん…言えないんだ?」

言葉にしてもらいたいのだろう

少し焦れたようにヒロユキを見上げた

「大ちゃんが…」

ダイスケを抱きしめようと肩を引き寄せる



ガチャリ

「あっ!すいません」

不躾にノックもせずに入ってきたのは慧だった

「アサクラさん。アベさんがお呼びです」

抱き合うまではいかない微妙な距離のダイスケとヒロユキ

慧は目の端に止めながらも、気にしない様子で事務的に告げた

「今、行きます。 イイ子で待っててね」

「大ちゃん…オレ、子供じゃないから」

「そお?」

離れる瞬間、ダイスケの指先がふんわりとヒロユキの指先を掠めると、お互いに照れ笑いがこぼれた


その小さな行為に・・・慧は嫉妬した


震える手を握りしめる事でようやく冷静を保つ

ダイスケが出たドアを慧はわざと閉めた


「オレも向こうに用事…」

ドアノブに手を掛けたヒロユキの上に手を重ねる

「今夜、食事に連れていってください」

「良いよ。 みんなで行こう。 大ちゃんにも聞いてきてあげるよ」

ヒロユキは遠回しに断ったが慧の顔がキツクなる

「…二人だけで行きませんか? 毎回毎回スタッフと一緒じゃつまりませんよね」

慧が付けているヘーゼルのコンタクトが妖しげな光彩を放ち

言葉より

態度より

ヒロユキを誘惑する

「一度だけでいいから二人きりで飲みに行きましょう、ねっ?」

添えられている手がスッと腕に這い、甘えるように絡みついてきた

「アサクラさんには内緒ですよ」






「ヒロは?」

あれからヒロユキに会わずに外出したダイスケは帰ると部屋の中を見回した

「待っていたんだけど、どうしても他の仕事の打ち合わせが入ってるからって…」

「なんだ、食事行く約束してたのに…」

だから “イイ子で待ってて” って釘を刺しておいたのにとダイスケは落胆した


「それも謝ってたわ。 でも、毎日のように会っているんだからそんなに機嫌悪くしなくても」

「怒っている訳じゃないよ。 でもさ」

「はいはい。 文句なら明日、本人に直接言ってね」

ヒロユキがいないだけで、こんなに不安そうな表情をするダイスケにアベは苦笑する

しかし、その一方であまりにも無防備で危うげなモノも感じていた

「アベちゃん、サイトウくんは?」

「えっと…もう帰った筈だけど?」

ダイスケの中の何か得体の知れない感情が沸き上がり

それは消しても消しても薄くもならずダイスケの心に黒い染みを広げる

「2人一緒なんて事…あるわけない…よね…」

嫌な予感はだいたい当たるものだとダイスケは思っている

…きっと、2人は


ガタッ!


ダイスケは椅子を蹴り立ち上がった

「ダイスケ?」





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