〜 labyrinth 3





ダイスケのため息。

ここ1ヶ月ほどで何回聞いただろうと、アベの顔が曇る。

最初は気にもしなかった。

原因はヒロに決まっている。

どうせいつもの “ 犬も喰わない ” というやつだ、放っておくに限る、そう達観していたのだが・・・。



笑わなくなったダイスケ。

いや、笑ってないわけではないが、うわべだけの薄い笑い。

仕事はこなしているものの、曲が完成したときの楽しげな様子が見られない。

もちろん、今までにもこんな時期がなかったとはいえない。

でも、それはいつも一時的なもので、今回の場合長過ぎる。

こんなダイスケを見るのはあの時以来だとアベは思った・・・・・・・ヒロが去ったあの頃。


もしかしたら、これはアベが思っているより深刻なのかもしれないと、重い腰を上げる。





『ヒロと何があったの?』

スタッフもすべて帰った夜のスタジオで、窓際に立っていたアベが切り出した。

“ 何か ” ではない、“ 何が ” と訊いた。

何かがあったことは訊かなくてもわかるから。


ソファーに座って、手持ち無沙汰に雑誌を繰っていたダイスケの指がピクッと震えて止まる。

ゆっくり目を上げると、アベを見て寂しげに微笑んだ。

『普通にしてるつもりだったんだけど・・・・・・だめだった?』

『ぜんぜんダメ。 普通からは程遠かったわよ』

『そっか・・・・・』

言ったきり、ダイスケは目を伏せる。

何も話そうとしないダイスケをアベは辛抱強く待って・・・・・・


しばらくして顔を上げた彼の目は泳ぐように窓の外を見る。

『・・・・・別れたんだ・・・』

『え?』

誰と? そんな間抜けな質問をしそうになるくらいアベには考えられない事態だった。

もちろん恋愛なんて、何が起こるかわからないものだが、

最近の二人に何か問題があったようには見えなかったのに・・・・・。


『A*Sは?』

最初にアベの口から出た言葉は、さすがマネージャーとしか言いようがない。

『やめないよ』

その目は、まだ窓の外を見ていたけれど即答だった。

それを聞いて、アベの表情が少し和らぐ。

それならば、まだ解決の道はありそうだ。

『理由を訊いていい? どうして別れるなんてことになったの?』

訊いていいかと問いながら、その顔には有無を言わせない勢いがあってダイスケが苦笑いする。

『ヒロがね・・・・別れようって・・・』

それで? アベの目が促す。

『・・・・だから・・・A*Sはやるってことで・・・・これからは仕事だけの・・・』

『ちょっと、待って。 今はA*Sのことを訊いてるんじゃないの。 

 なんであの男は別れようなんて言い出したの?』

『・・・不自然だからって・・・・』

『はぁ?』

消え入りそうなダイスケの声に被せるようなアベの呆れた声。

『そんな・・・不自然なんて最初からわかってたことじゃない、何を今更・・・・』

『ヒロだもん・・・』

ダイスケの言葉にアベが眉をしかめる。

『きっと最初は何も考えてなかったんだと思うよ。 好きならいい・・・ぐらいでさ。 

 でもね・・・・いつか気付くと思ってた・・・・その日が来るのが、もっと遅ければいいと思ってたんだけどね・・・・』

まるで、自分は最初から諦めていたようなことを言うダイスケがアベには歯痒い。

『じゃあ、ダイスケは別れるつもりで付き合っていたってこと? 

 そんな刹那的な気持ちでヒロと一緒にいたわけ?』

もちろん、そうじゃないことは知っている。

あんなに愛しげな瞳でヒロを見詰めていたダイスケを一番知っているのはアベ自身なのだから。

『そうじゃないけど・・・・・でも・・・・ヒロには、こんな恋愛は似合わないから・・・』

再び目を伏せたダイスケはアベと目を合わせようとはしない。


そんなダイスケを見て、アベは考えていた。

このまま別れてしまえば、いつか忘れてしまうだろうか。

あんな不実な奴とは、さっさと別れさせて新しい恋をしたほうがダイスケのためになるに違いない。

そこまで考えてアベは苦く笑った。


このダイスケが忘れられるわけがない。


まだヒロの気持ちを手に入れていなかった、あの7年間ですら忘れることは出来なかったのだ。

あの時とは、想いの深さが・・・・・いや、種類が違う。


きっと一生思い続けるのだ。 そしてそばにいて偽りの微笑をヒロに向け続けるのだろう。


・・・・・そんなダイスケは絶対に見たくない。


ならば・・・・自分の取る道はひとつだけ・・・・・心を決めたアベがダイスケの顔を覗き込むように言った。

『で、アンタはなんて答えたの?』

その質問にダイスケが思わず顔を上げてアベを見た。

『だから、別れようって言われて、はい、そうですかって納得したわけじゃないんでしょ?』

『う・・・・ん・・・・・』

はっきり返事をしないダイスケにアベが焦れる。

『別れたくないって言った?』

ダイスケがゆるゆると首を横に振ると・・・・

『じゃどうしたの? 黙って泣いてただけなの? ヒロは何て言って慰めたわけ?』

矢継ぎ早の質問にダイスケの口が開く。

『泣かないよ・・・・ヒロの前では・・・・・・ヒロを困らせたくなかったから・・・』

『・・・・・・・ばっかじゃないの?!』

心底、呆れたようなアベの声にダイスケは言葉が続かない。

『好きなんでしょ? 何で別れたくないって言えないの? 泣いて縋りつけばいいじゃない!

 格好悪いことは嫌? アンタの好きってそんなものなの?』

刺さるような言葉の数々にもダイスケの声には力がない。

『だって、別れたくないなんて言ったらヒロが困るよ』

『困らせればいいじゃない』

『そんなこと・・・・』

『あのね、恋愛なんてそんなものでしょ? いつも幸せに笑っていられるものじゃないわよ。

 あのバカが理不尽なこと言うんなら、ダイスケだって泣いて駄々こねればいいのよ』

『ヒロはバカじゃないよ・・・』

変なところで弁護するダイスケに、アベは思わず笑いそうになる。

『ヒロのことだから、泣いて嫌だって言ったら、きっと考え直したんじゃない?』

『ん・・・・ヒロは優しいからね・・・・』

『違うわよ、ヒロだからよ』

『え?』

意味のわからないダイスケが首を傾げる。

『つまりヒロの決心なんて、そんなものだっていってるのよ。 

別れたくないって言えば、別れない方がいいのかもって思うし

でも誰かに、男同士は変だって言われれば、変かも・・・とか思っちゃう奴でしょ?

妙に頑固なとこもあるのに優柔不断っていうか・・・・そんなとこ似てるわよ、アンタたち・・・』

似てるからお似合いってことでもないのだが、少し嬉しそうにしたダイスケがいじらしくてアベの口元が綻ぶ。

『でも、どうして急に別れようなんて言い出したのかしら? ダイスケに心当たりはないの?』

ダイスケが再び、黙って首を振る。

『心当たりもないくせに、どうして黙って身を引こうなんて思えるのかしらね』

それはヒロを好きだから・・・・・・ ヒロの負担になりたくないから・・・・・・そんなところだろう。

小さくなって座っているダイスケを見ていて、アベはふと思った。

なら、ヒロは? ヒロがダイスケから離れようとする理由は? 

好きな女性が出来た? ならばはっきりそう言うに違いない。 それ以外の理由?

だとすれば、これは案外簡単な事なのかもしれない。

ニッと笑ったアベを見て、ダイスケが目を丸くする。

『何がおかしいの?』

『ダイスケ・・・今からヒロのとこ行って、別れたくないって言ってきなさいよ』

『は? 今からって・・・・どうして?』

戸惑うダイスケを無視してアベがバッグに手を伸ばす。。

『善は急げって言うでしょ。 ほら、送るから・・・・合鍵持ってる? いなければ待って・・・』

『ちょっと、アベちゃん、訳わかんないよ、急に・・・・・』



その時、二人の声を遮るようにアベのケータイが鳴りだした。

バッグからケータイを取り出したアベが着信者の名前を見て、驚く。

『ハヤシさん? なんだろ、こんな時間に・・・・』

その名前から、当然のようにヒロを連想したダイスケが不安げにアベを見上げる。

『はい−−−ええ−−−いえ、大丈夫ですけど−−−−−ヒロがどうかしたんですか?』

アベの声の硬さが、ダイスケに嫌な感じを与える。

『−−−いないんですか? その後連絡は?−−−−−睡眠薬?』

その言葉を聞いた瞬間、ダイスケがソファーから立ち上がって、アベの腕を掴んだ。

『ヒロが・・・・・・ねぇ! ヒロがどうかしたの?!』



ダイスケの悲鳴にも似た声が、深夜のスタジオに響いた。





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     あぁ。。。先が見えちゃいましたか?(^_^;
     いやいや、ぜんぜんちがうかもよ?(苦し紛れ)

                            流花 2004/12/11


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