Distance X






ダイスケから連絡がこないまま、3日が経っていた。



あの日、ダイスケの電話中に、ちょっと悪戯しただけの暁人だったのだが

『なんであんなことするんだよ! 非常識だよ!』

思ってもみなかったダイスケの怒りに唖然としてしまう。

なぜ、ダイスケがそんなに怒るのかもわからないまま、素直に謝ったのだが

結局、その夜ダイスケは一言も口をきかず、寝室に閉じこもったままだった。

翌日、気になりながらも顔を合わせることなく、仕事に行かなければならない暁人だったが

昼過ぎに携帯に入ったダイスケからのメールには、仕事が忙しいので、しばらくスタジオに泊まると書いてあった。


しばらくってどれくらい?


返事は、わからない、また連絡する≠セった。

さすがに、主のいない家にひとりで寝泊りする気にもなれず、暁人も自分の部屋へ戻ることにした。

いつもなら、機嫌を損ねても翌日には直っていたのに今回は長引きそうで・・・・・

それが不安ではあったがそれ以上に、アレぐらいのことで怒ってしまったダイスケが暁人にはわからない。


それから、何度かメールしたものの返事はなかった。

ディナーショーの前だから、いろいろ忙しいのかもしれない。

昨年の今頃は、まだ付き合っているとは言えない関係だったし、この時期のダイスケをよく知らない。

そんな理由を無理矢理こじつけて我慢していたものの、さすがに3日も経つとそうも言っていられなくなる。




会わなくては・・・・・そう決意してスタジオの前まで来た暁人だったが、そこから前に進めない。

反対側の通りから、スタジオの窓を見上げて小さく溜息をつく。

『アキトくんっ、何やってるの?』

後ろからいきなり肩を叩かれて、飛び上がった。

『あ・・・アベさん・・・びっくりしたぁ』

驚く暁人に、コンビニの袋をぶら下げたアベが笑顔を見せる。

『ダイスケに会いに来たんでしょ? 入れば?』

屈託なく誘うアベに、暁人が躊躇する。

『うん・・・でも忙しいんでしょ、今・・・』

『そうね、暇じゃないけど・・・・スタジオに泊り込むほどでもないのよ・・・・ケンカでもした?』

3日も家に帰らないダイスケを、アベも不審に思っていたようで、意味ありげに暁人の顔を覗き込む。

『まぁ・・・ちょっと・・・』

『だと思った。 ダイスケもなんか元気なかったし・・・さっさと仲直りしちゃってよ』

そう言って、アベに背中を押されるように暁人はスタジオに入っていった。



しかしスタジオにダイスケの姿はなく、アベがスタッフに目を向けると

篭ってますよ〜≠ニいう声が返って来る。

『大丈夫、もうすぐおやつだから出てくるって・・・・だから、あっちで待ってて?』

暁人は、遠慮する暇もなく別室へ連れて行かれた。

『ほら、座って! テレビもあるし・・・・あ、コーヒー?紅茶?』

どうやら暁人に帰って欲しくないらしい。

思わず苦笑いする暁人に、アベも笑いを零す。

『なんかね〜、ダイスケの様子が変なのよ。アキトくんと喧嘩してるせいなら、さっさと仲直りしてもらわないと・・・』

気を使うこっちの身が持たないとアベが不満を漏らした。

『変って? どんなふうなんですか?』

『ん〜、落ち着かなかったり、やたらケータイばかり気にしてたり・・・・きっとアキトくんからの電話を待ってたのね』

そう言って笑うアベだったが、暁人は何かしっくりこないものを感じていた。

1日に1度は必ずメールを入れていたのだ。

それに返事すら返してくれなかったダイスケが、自分からの電話を待っていたりするだろうか。


『あれ? アベさん、紅茶は?』

隣の部屋でアベが持ってきたビニール袋を物色していたスタッフから声がかかると、アベが悲鳴を上げて天を仰ぐ。

『しまった〜〜〜!!! すっかり忘れてたわ』

そう言い終わらないうちにバッグを掴むと、あっという間にアベの姿はドアの向こうへ消えていた。


『え・・・と・・・』

戸惑う暁人にスタッフが笑う。

『すぐに帰ってきますよ。 座っててください』

そう言ったスタッフ自身も何か用事があったのか、スタジオを抜けて別のドアから出て行ってしまった。

一人取り残されて、仕方なく暁人がソファーに腰を下ろした時

『あれぇ? 誰もいないの〜?』

振り返ると、この部屋とスタジオを隔てるドアの向こうで、ダイスケが周りを見回しているのが目に入った。

どうやら暁人のいるところは、向こうからは死角になっているのか気付く様子がない。

声をかけようと立ち上がった暁人だったが、ダイスケの切なそうな表情に動けなくなる。

彼の視線の先を辿るとテーブルの上のケータイに行き着き、先ほどのアベの言葉が思い出された。

きっとアキトくんからの電話を待ってたのね


・・・・・・・本当に彼の待っている電話の相手は自分なのだろうか?


『ダイスケ』

思い切って名前を呼ぶと、ダイスケはビクッと身体を震わせて暁人の方を見た。

その顔を見て、暁人はダイスケの待っていた電話は自分ではないことを確信してしまう。

まるで悪戯が見つかった子供のような目をしているダイスケに、暁人は少なからずショックを受けていた。


誰からの電話を待っていたの? 


そう聞きたい気持ちを抑えて微笑みながらダイスケに歩み寄る。

『・・・ごめんね、仕事中に・・・』

『・・・・いつ・・・から・・いたの?』

微笑もうとして失敗したダイスケに気付かないふりをして暁人が明るく答えた。

『今来たばかり。アベさんは何か買い忘れがあったみたいで飛び出していったけど・・・』

そう・・・と答えたきり、気まずそうにダイスケは目を伏せる。

『まだ、怒ってる?』

笑って覗き込む暁人に、ダイスケもやっと微笑み返してくれた。

『ううん・・・僕が言い過ぎたんだ・・・・なのに・・・忙しくて連絡できなくてごめん・・・』


メールを返す暇もなかったの?


そんな気持ちとは裏腹に、暁人はダイスケを抱きしめていた。

『ちょ・・・だめだよ、誰か・・・』

『誰もいないよ。お願いだからじっとしてて・・・』

切実な声のトーンに、ダイスケはもがくのをやめて暁人の肩に、そっと頬を寄せる。

『ダイスケが・・・何か悩んでることはわかるんだけど・・・言いたくないんだよね?』

一瞬躊躇った気配はあったけど、小さく頷くダイスケに暁人は言葉を続ける。

『じゃあ、何も聞かないよ。でもね、俺がダイスケのそばにいるってこと忘れないで・・・

 これまでも、これからも、ずっとダイスケのこと愛してるから・・・・待ってるから・・・それだけは覚えてて・・・』

抱きしめる腕に力を込めると、ダイスケの手が暁人の背中にしがみついてきた。

『うん・・・ごめん・・・心配かけてごめんね・・・』

ダイスケの背中をゆっくり撫でて、暁人は身体を離した。

そんな暁人を見て、ダイスケが照れたように笑う。

『ホントごめん。もう大丈夫だから・・・今夜はちゃんと帰るから・・・』

『夕飯・・・用意しておこうか?』

『お肉がいいな』

そればっかりだねと笑い出す暁人に、ダイスケもつられて笑っているところにスタッフが戻ってきた。

久し振りに聞いたダイスケの笑い声に、スタッフもほっとした表情を見せる。

『アキトさんも、おやつご一緒にどうですか?』

間もなくして帰ってきたアベも交えて、おやつを食べた後、暁人は夕食の支度があるからと早々に帰っていった。

一緒に帰ればよかったのにと、からかうアベを尻目に残った仕事を片付けようとダイスケは再びキーボードに向う。




一人きりになった部屋で、ダイスケは大きく溜息をついた。

自分は何を悩んでいたのだろう。

あの夜、めったにかかることのないヒロユキからの電話に何かを期待した自分が恥ずかしかった。

彼女と別れたことを知ったばかりで、ダイスケも動揺していたのは確かだが、動揺することなど何もなかったのだ。

あのヒロユキが自分を選ぶなんてことがあるはずもないのに・・・・わかっていることなのに・・・・

それでも、小さな期待をせずにはいられなかった。

あの後、通じなくなったヒロユキのケータイ。

翌日も、翌々日も、ヒロユキからの連絡を待っている自分をどうすることも出来なかった。


暁人が来てくれてよかった・・・・・あの腕の温かさで、ダイスケは正気に戻った気がしていた。



もう大丈夫、揺れたりしない

今夜は、早く帰って暁人に抱かれよう

そして、ヒロの幻なんて消してしまうんだ



一人頷いて、仕事にかかろうとした時、ノックの音がして、ドアを開けるとケータイの着信音が飛び込んできた。

アベがダイスケのケータイを持って困ったように立っている。

『どうする? ヒロからなんだけど・・・』

たった今、決心したことも忘れて、ダイスケはケータイをひったくるとすぐにドアを閉めて通話ボタンを押した。


大ちゃん?


ヒロユキの声が身体中に沁みるような気がする。

もしもし? 聞こえてる?

『あ、ごめん、聞こえてるよ』

どんなに抑えても、声が弾むのを止められない。

きっと、新曲は出来たか・・・とか、ライブの打ち合わせのこととか、用件はわかっているのだけど・・・・。

あのさ・・・・今、忙しい?

ヒロユキにしては、謙虚な聞き方にダイスケは首を傾げながら返事をする。

『そうでもないけど・・・どうして?』

・・・・今夜、付き合ってもらえないかな?

『・・・・付き合うって・・・ご飯?』

ん・・・・まぁ・・・・それもあるけど・・・・

『他にも・・・あるの?』

うん・・・

それ以上は言いたくないらしいヒロユキに無理に聞こうとは思わなかったが

・・・・・暁人との約束がある。

今夜はちゃんと帰らなければ・・・・そう思っているのに断りの言葉がなかなか出てこない。

黙ってしまったダイスケに、電話の向こうもつかの間沈黙したが・・・・

ダメ? 先約があるの?

ヒロユキの甘えた口調に、ダイスケの口は簡単に理性を裏切った。

『そんなことないよ。大丈夫!』

よかった・・・じゃ迎えに行くよ、何時ごろがいい?

時間の相談をしながら口元が綻んでしまうのをダイスケ自身気付いている。

ヒロユキが迎えに来る・・・・それだけのことがどうしてこんなに嬉しいんだろう。

そして、ヒロユキとの電話を切ったその手で、暁人のケータイを鳴らす。

打ち合わせが入ったから遅くなる・・・・謝るダイスケに、仕事ならしょうがないねと暁人は溜息をついた。

嘘をついた罪悪感を、別に浮気しに行くわけじゃないんだからと隅に押しやり、部屋のドアを小さく開けてアベを目で呼ぶ。


『何?』

そばに来て訊ねたアベに、ダイスケは少し言いにくそうにヒロユキが来ることを伝えた。

『これから? なんで? 何か打ち合わせすることでも出来たの?』

『・・・まぁね・・・』

『ふ〜ん、いいわよ。 来たらみんなを集めればいい?』

『じゃなくって、もうすぐ迎えにくるから・・・』

『は? どこに行くの?』

『だから・・・食事しながら・・・ね?』

なんだか歯切れの悪いダイスケにアベが眉を寄せて声を潜める。

『二人だけでお出掛けするってこと?・・・・アキトくん知ってるの? 今夜はすぐ帰るとか言ってなかったっけ?』

『だって、ヒロが・・・何か話があるみたいで・・・』

『今夜じゃなきゃいけないの? アキトくんと仲直りするんでしょ?』

『もう、したよ、だからいいんだってば・・・』

暁人のことを気に入ってるアベの冷たい視線を無視して、扉を閉めた。

暁人に嘘をつき、アベに責められてもヒロユキを選んだのは、きっと帰るところのある安心感からだとダイスケは思っていた。

自分には暁人がいてくれるのだから・・・・。


ならば、もし、ヒロユキに手を差し伸べられても暁人を選ぶのか?


そんなことは微塵も考えていないダイスケだった。


そんな時は永久にやってこないのだから・・・・・と。







---------- end ----------




さて、大ちゃんはどちらと結ばれたら幸せになるのでしょう?
今から悩むことにします(^^; てか、ヒロの出番少なっ!

ということで(どういうこと?)次回、いよいよ完結!(だといいな・・・)

                     流花


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