Distance W 『ただいま・・・』 返事などないことはわかっているのに、気まぐれに一人呟いて、虚しく響く自分の声に寂しさが増す。 長い一人暮らしで、今更寂しいはずはないのだが、今日は帰り道でクリスマスツリーを見てしまった。 そうか、もう12月なんだ・・・。 考えてみると、もう何年もクリスマスを好きな人と過ごした覚えがない。 彼女には家庭があったから・・・。 別れてから初めて迎える今年のクリスマス・・・・でも寂しさは例年通りというわけだ。 ヒロユキは上着も脱がずに、そのままソファーに倒れこんだ。 暖房も入っていない冷たく暗い部屋で、半年前の別れを思い出していた。 ヒロユキの誕生日から10日以上過ぎて、やっと届いた彼女からのメールで、いつものホテルで待ち合わせた。 いまさら誕生日などと言うイベントに拘るつもりもないが、それでもいつもより少し何か≠期待するのは仕方がないだろう。 そして、少し遅れて部屋に入ってきた彼女は、思わぬプレゼントを用意していた。 いつもと感じが違う・・・・白いコートのせいだ・・・・。 結婚してからヒロユキと会う時は、必ずと言っていいほど黒っぽい服を着ていた。 多分、あまり目立ちたくないという気持ちがそうさせていたのかもしれないが、なら今日はなぜ白なんだろうか。 『どうしたの? 座らないの?』 雪のように白いカシミアのロングコートに一抹の不安を感じながら、ドアのそばに立ったままの彼女に声をかける。 『ここでいいの』 そういうと彼女は、ヒロユキを睨みつけるようにまっすぐに見つめて、聞き間違えようのないくらいにはっきりと言い放った。 『別れましょう』 突然のことにヒロユキは言葉が出ない。 『・・・・・・ど・・・して?』 やっと出た声も、彼女のキツイ眼差しに阻まれて掠れてしまう。 数秒の沈黙が過ぎて、彼女の視線がふと、和らいだ。 『理由・・・聞きたいよね?』 ぎこちなく頷くヒロユキに、彼女が一歩二歩と近づいてくる。 最初に口にしたのは娘のこと。 子供にうしろめたい思いを抱いて接したくない。 そして・・・・・出来れば兄弟を作ってあげたい。 言い訳のような理由であっても、そんな風に切り出されたらヒロユキには何も言い返せない。 もちろん、それを知ってて彼女も言っているのだろうと、最後までこの人には勝てないのかとヒロユキは苦く笑った。 『笑うのね・・・・笑えるのね・・・』 それを見た彼女が腹立たしげに目を伏せた。 『自分が情けなくて笑っただけだよ。平気なわけじゃない』 『でも笑える余裕があるのよ。以前のヒロはそうじゃなかった』 『そんなこと・・・・オレだって辛いに決まってるだろ』 『そうかしら?』 再び、彼女の目が挑戦的に見上げてくる。 『そうだよ・・・・・それに、いつかこんな日がくるんじゃないかって・・・』 『思ってたの? 私と別れる日が来るって思ってた?』 自分から別れると言い出したのに、責めるような彼女の態度にヒロユキはどうしていいのかわからない。 『私はね・・・・ヒロと別れようなんて思ってもいなかった』 意外な言葉に目を丸くするヒロユキを見て、彼女が泣き笑いの表情になる。 『いつか・・・子供が手を離れる頃になったら・・・その頃にはきっと夫とも別れられるだろうから その時は、ヒロのもとへ行こうって・・・そう思ってた、それまでは絶対にヒロの手を離さないって・・・』 『それなら・・・どうして?』 別れようなんて言い出したのかわからないヒロユキは、彼女を抱きしめようと近づくと彼女は逃げるように後退る。 『私ね・・・ヒロから別れよう≠チて言葉は聞きたくないの。だから私から言ったの』 もう、彼女の言ってる意味がヒロユキにはさっぱりわからなくなっていた。 いつか、ヒロユキに好きな人が出来て、別れを切り出されるのがイヤだということなのだろうか。 そんな、あるかないかわからない先のことを考えて別れようというのか。 戸惑うヒロユキを見て、彼女が泣きそうな微笑みを見せる。 『こんなこと・・・言うつもりなかったのに・・・・かっこよく振ってやるつもりだったのよ・・・・ なのにヒロったら、取り乱しも怒りもしないんだもん。なんか腹が立ってきちゃって・・・』 『・・・ねぇ、どうして別れなきゃいけないの? このままじゃだめなの?』 『・・・・だって・・・ヒロ、好きな人がいるでしょう? 私以外に・・・』 『・・・・え? いないよ。 なに言ってんだよ』 でも、彼女の疑いは晴れない。 『最近・・・ううん、ここ一年くらいかな・・・。ヒロ見てて誰かいるんだなって思ってた。 余裕が出てきたのよ・・・なんていうか・・・愛されてる余裕みたいな・・』 そんなことを言われて、ヒロユキの脳裏に一瞬「あの人」の顔が過ぎる。 言葉に詰まったヒロユキを見て、彼女が寂しげに笑った。 『ほら、いるんでしょ? 認めればいいじゃない、私に気を使うことないわよ』 『だって、彼はそんなんじゃ・・・』 『・・・彼?』 慌てて口を噤むヒロユキに、一瞬、戸惑いを見せた彼女だったが、すぐに納得したように頷いた。 『アサクラさん・・・・なのね?』 『違う!』 その早すぎる強い否定に彼女は笑い出した。 『ほんっとに嘘がつけないんだから・・・・でも、まさか男性とはね・・・』 本当に違うのだと、言い訳する声が上擦ってきてヒロユキ自身が戸惑ってしまう。 『男だから? だから否定するの? 理由はそれだけなの?』 それだけ? それで充分ではないか。 頷くヒロユキに、彼女は小さく溜息を漏らす。 『それって・・・・アサクラさんが女性なら問題なく愛せるってことよね?』 返事が返せないヒロユキに、再び彼女が笑い出す。 さっきとは違うヒステリックな笑い声には、彼女の悲しみが感じられて、 言い訳のひとつも言いたいヒロユキなのに・・・・女性なら愛せる≠ニいう彼女の言葉に、酷く動揺していた。 自分はダイスケが男だという理由だけで拒絶していたのだろうか? 結局、彼女との間は修復されることもなく、その後連絡は途絶えた。 あれほど愛していたのに・・・・・そう「いたのに」・・・・ すでに過去形にしている自分に驚いた。 気持ちは確実に動いていたのだ、少しずつ少しずつ・・・・ダイスケの方へ。 そうでなければ、10年以上も付き合っていた彼女とこうもあっさり切れることはなかっただろう。 ダイスケのことは、男同士だということを割り切ってしまえば大きな障害ではないのか? そう思い始めると、ヒロユキの気持ちは急速にダイスケへと傾いていった。 だから、はっきり好きだと伝えようと決めたのも、彼女と別れてまだ1ヶ月もたっていない頃だった。。 ダイスケの気持ちは自分にあるのだから、何の問題もないはずだと・・・・。 しかし、今年はA*Sでの活動は少なく、なかなか会える機会に恵まれないまま 今後の打ち合わせのために、やっとダイスケのスタジオに行くことになったのは8月の初めだった。 もちろん、もっと前に個人的にダイスケと会ってもよかったのだが、ソロの仕事が忙しく暇を作ることが出来なかったし、 なにより、ヒロユキにはダイスケの気持ちが変わるはずはないという絶対の自信があった。 だからあの日、ダイスケの隣で微笑む青年を恋人≠セと紹介された時、とっさに声が出せずダイスケに誤解されてしまう。 ごめん、男が恋人なんて、気持ち悪いよね・・・ 気まずそうに謝るダイスケに、そんなことはないと言いかけたヒロユキだったが まるで、庇うようにダイスケの肩に手を置いた暁人を見て、言い訳する気力さえも奪われてしまい、 嬉しそうに笑うダイスケに、ヒロユキは何も言うことが出来なかった。 ダイスケの幸せを壊す権利は自分にはないのだから。 そして、ダイスケへの気持ちはヒロユキの胸の奥にしまわれたまま、眠りにつくことになる。 真っ暗な部屋の中で、帰り道に見たツリーを思い出していた。 次にダイスケのスタジオに行く頃には、ツリーが飾ってあるかもしれない。 彼のことだから、きっとスタジオだけじゃなく自宅にも飾るんだろうな・・・・・・・・暁人と一緒に・・・・。 二人で楽しそうに飾り付けをしているところを想像して胸の奥が軋む。 暁人自身は決して嫌いなタイプではなく、ヒロユキから見ても気さくで付き合いやすそうだと思えた。 でも、きっと好きにはなれないだろう・・・・・彼がダイスケの恋人でいる限り。 諦めようと決心したはずなのに、気持ちは簡単に冷めてはくれず、戯れに誰かを抱いても充足感は得られなかった。 それでも、幸せそうなダイスケを見て、自分の出る幕はないのだと気持ちを殺して仕事のパートナーに徹していたのに・・・・ なぜ、あんなことを言ってしまったんだろう。 別れたなどと言わなければよかった。 嘘でも彼女は元気だと言っておけばよかったのだ。 そうしたら、ダイスケのあんな姿を見ることもなかったのに・・・・。 ヒロユキが彼女と別れたことに、明らかに動揺していたダイスケ。 決して自惚れるつもりはないけれど、もしかしたらまだ自分にも気持ちが残っているのだろうかと期待してしまう。 そんな思いが手伝って、気がつくとケータイを手に取っていた。 何も伝えることなど出来ないけれど、せめて声を聞きたい・・・・・そう思ったら指が勝手に動いて彼の番号を呼び出す。 ほんの数時間前に会ったばかりで、変に思われるかもしれない。 やっぱりやめよう・・・・そう思った直後にダイスケの声が聞こえた。 もしもし? ヒロ? 不覚にも涙が出そうだった。 『もしもし、ごめんね、こんな時間に・・・』 ううん、いいけど・・・何かあったの? なんていえば言いのだろう・・・・迷うヒロユキの耳に微かに聞こえたのは暁人の声だった。 小さな声だが、ダイスケの電話に文句を言っているのは伝わってくる。 ちょっと・・・電話終わるまで待って・・・・あ・・だめだって・・・ その瞬間、ヒロユキは電話を切っていた。 暁人が何をしたのか容易に想像できるようなダイスケの甘い声音。 彼と暁人は「そういう関係」なのだと、はっきり思い知らされる。 自分は仕事上のパートナーでしかないという現実を突きつけられて、ヒロユキは力なくソファーに沈み込んだ。 もし、ダイスケが女だったら暁人から奪い取ってでも自分のものにしようとするかもしれない。 しかし、相手が同性であるということで、勝手がわからないヒロユキは行動に出ることができない。 ならば諦めればいい、いつものヒロユキなら、きっとそうしただろう。 なのに、ダイスケへの気持ちは日々膨らむばかりで、自分でもどうしていいかわからなくなっていた。 『・・・だい・・ちゃん・・』 囁くように呼んだ時、ラグの上に投げ捨てたケータイが鳴り出した。 突然切れたのを不審に思って、ダイスケが掛け直してくれたのはわかっていたが、 電話の向こうに暁人の影をみて、出ることができない。 ライトが点滅するケータイを見つめるヒロユキの瞳から涙が溢れ出す。 悲しいのか、悔しいのか・・・・・愛しいのか・・・・理由のわからない涙は流れ続け、 その涙の伴奏をするように、ケータイは鳴り続けていた。 ---------- end ---------- 大丈夫ですか〜!? まだついてきてくれてますか〜?!(^_^; さてと・・・・これからどうしましょう・・・。 流花 |
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