Distance  






『ね、ね、大ちゃん、ここのフレーズこれでいいと思う?』

ヒロが僕に擦り寄るように歌詞カードを見せに来る。

レコーディングの時にはよくあること。

ヒロのスキンシップの多さに、いちいち意識なんてしていられない。

そう思っているのに、裏切り者の僕の身体は勝手に体温を上げる。




ヒロと再会して、初めてのアルバム。

最初は少しよそよそしかったヒロが、今じゃすっかり馴染んじゃって・・・・

耳元で、歌詞を口ずさむヒロ。

お願いだから僕の肩に手を置かないで・・・・・体温といっしょに心の中も伝わりそうだから。




ヒロが突然、A*Sをやめると言い出したあの時。

理由を聞いても、ただ、ひとりでやってみたいと、それ以上は何も教えてはくれず

それでも彼の兄貴分を気取っていた僕は、物分りよく笑って承諾するしかなかった。

気まぐれなヒロのことだから、またいつか戻ってきてくれると高を括っていた部分もあった。


確かに戻ってきてくれた・・・・7年も経っていたけどね。


その間、まったくヒロに会えなかったわけじゃない。

たま〜に会って、食事くらいはしていたんだ。 

もちろん2〜3年は音信不通の時もあったけど、寂しくはなかった。


だってヒロと僕はもともと友達ではなかったから・・・・・。


とても気の会う仕事仲間ではあったけど、友人ではなく・・・・ましてや恋人でもない。

音信不通の間に、ヒロに起きた悲しい出来事は再会してから聞いたことだ。



こんなこと誰にも話してないんだけど・・・・・そう言って僕に話してくれたのは何故?

僕の気持ちを知っていたから? それともまったく知らなかったから?

そして、話してもらった僕は喜ぶべきなの? 悲しむべきなの?



A*Sを始めて、1年ぐらい経ったころ、ヒロが恋をしていることには気がついていた。

その彼女に振られた時、なにもかもいやになってA*Sをやめると言い出したらしい。

『バカだよね〜・・・・でもね、彼女が運命の相手だって・・・そう思ってたんだよ』

シニカルな笑みを浮かべて話すヒロを見て少し胸が痛んだ。

わかるよ、僕も運命の相手だって思い違いした人が目の前にいるから・・・・。

『だからね、諦め切れなかった。 彼女が親の決めた人と結婚するって聞いて・・・どうしたと思う?』

『・・・・どうしたの?』

『しないでくれって、頼みに行った・・・・かっこわるいよね・・・・』

『・・・それで?』

『ダメ・・・・彼女は結婚した。 その頃オレ仕事が忙しくて助かったんだけどさ・・・』

でも、彼女のことは忘れられなくて、ずっと想っていたらしい。

そして、彼女もヒロが嫌いで別れたわけではなく、家の事情で結婚するために

泣く泣く諦めた恋だったのだろう。

結婚して1年も経たず、彼女はまたヒロと会うようになっていた。


『それって・・・不倫?』

『・・・うん・・・』

辛そうに頷くヒロに僕は何も言えない。

『彼女は自分の家庭を壊す気はないらしい・・・・しかたないんだけどさ・・・・・

 でも彼女に子供が出来たときは、さすがに参った・・・』

『こ・・・ども? ・・・ヒロの?』

裏返りそうになる声を必死で押さえる。

『違う、違う、ちゃんとダンナさんのとの子供だよ。 女の子・・・』

ホッと胸を撫で下ろす。

彼女が妊娠して、出産するころは、まったく会えず・・・・ヒロは荒れたらしい。

『なーんか仕事も上手くいかなくて、夜も眠れなかったり・・・・』

ポツリポツリと話をするヒロを見て、冷静に頷いていたものの、心の中は穏やかではいられなかった。

他の人と結婚しても、子供を産んでさえ、ヒロに愛してもらえるその女性が羨ましくて・・・・・

そして、その百倍憎らしかった。



その人とは、頻繁ではないけれど今も会っている、

きっと運命の人だから別れられないのだとヒロが言うのを、僕は黙って聞いていた。

そして、彼女がいる限り、誰とも結婚しないというヒロ。

『彼女はいい人がいたら結婚しろっていうんだけどね・・・・無理だよ・・・・』

彼女より好きになれる人が見つかるとは思えない・・・・そう言って寂しげに笑うヒロに

きっと素敵な人なんだね・・・・・慰めるように言葉をかける自分がおかしかった。


ヒロがその人を好きになる前から、僕はヒロが好きだったよ。

初めて会った時に、自分が探していた人だと・・・・運命の相手だと思ったんだ。

そうヒロに言えたなら・・・・・・でも時間は戻ってくれない。

飽きっぽいヒロが10年近くも想い続けている女性ってどんな人なんだろう。

絶対、会いたくはないけれど・・・・・。




『これ、完成したらすぐライブだね〜』

スタジオで休憩がてらの食事を取っているとき、ヒロが笑いかけてくる。

『うん。 久しぶりだし・・・・楽しみだよねぇ』

その笑顔につられて僕も微笑みを返す。

ヒロが僕の目の前で笑っている。 僕に話しかけてくる。

そんな他愛もないことに、僕がこんなに幸せを感じているなんて誰も気が付かないだろうな。

ヒロに恋人がいたっていなくたって関係ないんだ。

だって、どうせ僕のものにはならないんだから。

ならば、結ばれることのない恋人がいたほうが好都合かもしれない。

いつか、ヒロが “妻” と呼ぶ女を連れて来る恐怖に怯えなくて済むから。

どうか、その運命の女性とやらをずっと想い続けていて・・・・。

そして、誰のものにもならないで・・・・・。


大好きなヒロの幸せを願えない自分が悲しいけれど・・・・

でも、ヒロ、その代わりにいっぱいいっぱい歌わせてあげるよ。

ステージの上では、世界一幸せにしてあげるから・・・・・だから・・・・

僕のそばを離れないで・・・・・。




日付が次の日に変わるころ、続きはまた明日ということで仕事を終える。

『大ちゃん、お先に!』

ヒロがコートを持った手を大きく振る。

『うん、明日は歌入れよろしくね〜』

『オッケー! 任せといて。 じゃ、また明日ね!』

周りのスタッフにも笑顔を振りまいて、ヒロがドアの外に消えていった。

“また明日”・・・・ なんて素敵な言葉だろう。

レコーディングが、ずーーーっと続けばいいのに・・・・。




スタッフも、ひとり、またひとりと帰っていき、いつの間にかスタジオの中は

僕とアベちゃんだけになっていた。

『ダイスケもそろそろ帰る?』

訊いておきながら、紅茶でも入れようかと言葉を続ける。

僕が帰らないであろうことは見透かされているらしい。

『うん・・・もうちょっとやってく。 明日ヒロがすぐ歌入れ出来る状態にしておきたいから・・・』

簡易キッチンに向いかけていたアベちゃんの足が止まって、

僕を振り返ると意味ありげにため息をついた。

『なに?』

僕何か変なこと言ったかな。

『多分、ダイスケは自覚ないと思うから言っとくけど・・・・』

『え?』

『・・・・・・・ヒロが好きってオーラが身体中から出てるわよ』

『・・・・・・・・・・』

とっさに言葉が出なかった。

誰にも言ったことはない、ヒロへの気持ち。 アベちゃんは知っていたの?

『そんな顔しないで。 大丈夫、今のとこ気付いているのは私だけだと思うから』

『そ・・・んなこと・・・・何言って・・・』

誤魔化そうとしても声は掠れてしまうし、何を言ったらいいのか言葉にも詰まる。

『私に嘘はつかないでね・・・』

やさしいアベちゃんの声に、僕も覚悟を決めて大きく息を吐いた。

『いつから・・・・知ってたの?』

『ヒロがいなくなったとき・・・・ダイスケの様子見てて、やっぱりそうだったのかなって。

 落ち込み方が半端じゃなかったし・・・・もっと前から、もしかしたら・・・とは思っていたんだけど・・・・』

そういって、アベちゃんが小さく笑う。

『再活動が決まった時の、ダイスケの嬉しそうな顔見て確信したけどね・・・・』

『・・・・そんなに露骨だった?』

『この世の春・・・・って顔?』

笑い出したアベちゃんに、つられるように僕も声を上げて笑った。

誰にも言えずに閉じ込めて重くなっていた心が、ふわっと軽くなった気がした。

『まいったなぁ・・・・気をつけなくちゃ・・・・』

笑いながら言う僕に、歩み寄ってきたアベちゃんの顔から笑みが消えている。

『これからも・・・・好きでいるの?』

僕はなおも笑顔を浮かべて答える。

『どうして? 何か不都合なことがある?』

『そういうことじゃなくて・・・・・ヒロなんて一生想ってたって・・・』

『わかってる』

アベちゃんの言いたいことはよくわかるよ。

『告白しようと思ってる・・・わけじゃないわよね?』

黙って頷く僕を見て、アベちゃんがつらそうな顔をみせる。

『もう、ヒロのことは吹っ切れたのかと思ってたわ・・・・』

うん、僕自身もそう思ってた。 ヒロに昨年、再会するまでは・・・・・。

『やめちゃいなさいよ、好きでいたってどうにもならないじゃない・・・・』

『・・・・そうだね・・・・でもわからないんだ・・・・』

『何が?』

『好きっていう気持ちは、どうやったら止められるの?』

浮かべてた笑みは苦笑いに変わったけど、それでも僕は微笑みを絶やさなかった。

そうしないと泣いてしまいそうだったから・・・・僕も・・・・アベちゃんも・・・・。




大丈夫、いつかは忘れられる。

いつか、ヒロよりも好きな人が出来るに違いない。


でもそれは今じゃない。


永遠に近づくことのない君との距離だけど、

手を伸ばせば感じられる温もりに触れていたいから・・・・・・


今はまだ、好きでいさせて・・・・・。








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end ----------







またかよっ!と、お思いでしょうか?(^_^;

『流花さんは片想い好きだよね〜』by suica

そうなんです、好きなんです、ごめんなさい!m(_ _;m

オマケにこれ書いたの2004年の12月です・・・・・もう腐ってるかも・・・・。

                      流花

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