I'm home  【敏腕マネージャーの苦悩・5】







「お疲れ様〜〜」

まだ日の高いうちに仕事が終るなんて奇跡だわ・・・と、アベは腕時計を見ながら思っていた

「はい、お疲れ。ご苦労様」

スタッフを労う言葉にも余裕が出ると言うものだ

金髪の彼も鼻歌が出るくらい上機嫌

目に入れても痛くない・・・本当に?・・・ワンコ達の首を撫でながらアベの支度が終るのを待っている

「ねぇ?アベちゃん・・・この後の予定は? デート・・・な訳ないか」

「アンタね・・・殴るわよ」

言われた彼はクックックと肩を震わせて笑いを堪えていた

「予定を聞くって事は何かあるの? 面倒な事ならNG! 食事ならOK!」

「食事行こうよ・・・でさ、終ってからボクのうち来ない? すっごい美味しい紅茶貰ったんだけど、

 確か前にアベちゃんが飲んでみたいって言ってた銘柄だと思うんだよね」

普通・・・男性が女性を自分の部屋に誘うのは、下心がいっぱいある筈なのだが

悲しいかな、アベとこの金髪の彼との間には確固たる〃友情〃しか存在しない

長い付き合いでそれは揺るぐべきモノでなく、何より金髪の彼には恋人がいるのだ

「マジ? 行く、行く〜〜」

アベは二つ返事で承諾した

彼の恋人が仕事で地方へ行っている事はイヤになるほど聞かされている

まぁ・・・・部屋で素っ裸で寝ていたとしても今更驚くようなアベではない





「お邪魔しま〜す」

勝手知ったる他人のナントカって感じでアベはズカズカと彼の部屋に上がりこんだ

当の彼はワンコ達の足を丁寧に濡れタオルで拭いてやっている

アベはリビングのソファに座ってクルリっと部屋を見回す

「久し振りに上がったけど相変わらずシンプルな部屋ね」

「そうかな・・・仕方ないよ、ココは寝に帰って来るだけだからね。でも落ち着くよ」

シンプルだけどテーブルの下の雑誌が置いてあるスペースには車の本、漫画、禁煙セラピーの本・・・

彼が読まなさそうな本ばかりが目に付くのはアベが彼の恋人の事も詳しく知っているからだ

「禁煙・・・・ヘェ・・・また無駄な努力している訳だ・・・ヒロ」

「またそう言う事言うんだから・・・・ヒロも頑張ってる・・・筈・・・」

恋人に関してはスタジオで見せる顔の百分の一も厳しくないのはどうしてなのかしら?

「あ・・・そうだ。 紅茶ね・・・紅茶・・・」

これ以上、恋人の都合が悪くなる話をさせないように彼はキッチンへと消えた

アベの目の端にキッチンカウンターが見え、そこに仲良く色違いのマグカップが並べられている

冷蔵庫の上には沢山の種類のサプリメント・・・

恋人の影が残っている部屋に招き入れる事自体が信頼の証なのかとアベは少し可笑しくなった



ティーポットに入った琥珀色の紅茶と暖めたティーカップを彼はリビングへ運んで来た

「ありがとう・・・うわぁ・・・香りが凄い! で、どこの銘柄なの。 教えてくれないまま飲めって言うんじゃないわよね」

「香りで判るのかなぁ・・・って思ったけど」

「無理!」

彼の目が真ん丸くなった

「即答だね・・・アベちゃんらしいや。〃ハロッズのブレンドNo14〃だって」

マジ〜〜〜〜!!

「本当に? 噂しか聞いた事がなかったのよ!〃魔法のようにおいしい〃って言われているのよね。 うわぁ・・・嬉しい」

「良かった・・・・そんなに喜んでくれて。 帰る時、一缶あげるね」

「ホントに? キャ〜〜〜〜どうしよう」

紅茶にすらブランドを追い求める女であった

程よい時間が経って・・・彼がティーカップにその馥郁たる香りの紅茶を注ぎ入れてくれた

アベは最初に鼻を近づけて香りを楽しんだ

そして最初の一口を口の中に招き入れた瞬間の驚きを言葉に出来なかった

「凄い・・・・嘘じゃない・・・魔法のようにおいしいわ」

彼は注がれた紅茶に手も付けずに透明なティーポットを見つめていた

「ダイスケ・・・何やってるの? 冷めてしまうわよ」

「うん・・・この紅茶の色がね・・・ヒロの瞳の色に似ているからさ。 見とれちゃってた・・・」

齢30を遥かに超えた男の人とは思えない素直さの彼が眩しくも思える

「あ!ごめんね! お菓子出すの忘れてた! 紅茶には付き物なのに〜〜」

飛び跳ねるようにイスから立ち上がってキッチンへ向かう彼の背中にアベは呟いた

「大丈夫・・・今この世のものとは思えないほど甘い甘いダイスケの顔を見させて貰ったから」

そしてアベは〃魔法のようにおいしい〃紅茶をまた口に含んで楽しんだ



「で・・・? ヒロは今日中には帰ってくるんでしょ?」

綺麗なお皿に並べられたスコーンの為に新しい紅茶をカップに注いだ

「うん。でも何時になるかは分からない・・・イベントが終っても接待とかあるしね」

同じ業界にいるからこそ帰る時間が分からないもどかしさがある

「良いじゃない・・・帰って来るんだから」

・・・私なんて彼氏作る時間もないのよ・・・とは絶対言いたくなかった

「でもさぁ、2日も会っていないんだよ。淋しいよ」

手に取ったスコーンが見る間に指の間からポロポロ零れて行く

アベは自分でも気付かないうちに力を入れてしまったようだ

「2日? 2日で淋しい??? ハンッ!」

「ヒロって本当に賑やかで洗面所にいてもトイレにいても分かるくらいいつも鼻歌歌ってるし・・・それが聞こえないんだよ」

そんな事言われなくても知ってる、ってかウルサイ!って怒りたくなるくらいですけどね

彼には天国へ誘う歌に聞こえるらしい

私とは耳の構造が違うのだとアベは真剣に思った



これ以上ココにいてくだらない彼の惚気に付き合わされる前にこの魔法の紅茶を一缶貰って退散した方が良さそうだ

「じゃあ・・・私、もう・・・」



♪pinpon♪



タイミングが悪いとはこう言う事を言うのだろうか?

「ちょっと待っててね、誰だろう?」

パタパタとスリッパの音をさせて彼が玄関まで走っていく

ーーーあれ?!どうして? 早いねーーー

彼の声が今までになく弾んで、手早く玄関を開ける音が聴こえる

ーーーうん、イベンターさんの接待全部ぶっちぎって帰って来ちゃったーーー

ん? 男性にしては高い声の主・・・私が知ってるのは一人だけど・・・

ーーーそれは気の毒だ・・・ん・・・こんな所でダメだってば・・・んぁ・・・−−−

ーーー何で? 良いじゃん! 2日も会えなかったんだから! ん〜〜〜〜〜Chu!−−−

ーーーヒロ・・あのね今ね・・・ア・・・ん・・・−−−

あのさ・・・人が見ていないからって何やってる訳?

カチャン!!とアベはわざと大きな音を立ててカップをソーサーに置いた

ーーーあれ? リビングに誰かいる? まさか・・・男じゃないよね? 大ちゃん−−−

今頃気付いたんかい?! そして、普通男性の部屋にいると疑うのは女だろ?

ーーーボクが言おうとしてもヒロ聞いてくれないからーーー

言い訳しながらリビングに入ってきたダイスケの後ろに隠れるように付いてきたヒロユキと目が合った

「何だ・・・アベちゃんじゃない」

「何だ・・・とは何よ。女で悪かったわね」

「久し降りだね・・・元気そうで何よりです・・・」

「ありがとう、あなたもお仕事が忙しいそうで何よりです事」



「・・・何、けん制し合ってるの? 二人で・・・?」

冷えたミネラルウォーターをヒロユキの前に置きながらダイスケがあきれる

「大阪で2泊?」

「うんと・・・大阪と名古屋で1泊ずつ。ごめんね、大ちゃん。お土産買う暇無かったよ」

アベの問いかけに答えながら、何故かダイスケに謝っている

・・・そんな男だったわ・・・

「ん〜〜大丈夫。いつもいつも待ってる訳じゃないから・・・でもアレは美味しいよね」

「ほら・・・そうやって許してくれないんだから」

2日会えないくらいで繰り広げられるイチャイチャに、もう一度カップを派手にソーサーに置きたくなったアベだった

「あ?!忘れてた」

何かを思い出したダイスケは部屋の隅に置いたヒロユキのバッグの前に座りこみ中を調べ始めた

「何やってんの? 浮気調べ? ダイスケも心配性ね」

「違うよ」

そう言いながら着替えやら煙草やらを取り出して・・・その中にはアベに理解出来ないようなモノもあったりするのだが・・・

底の方まで調べているダイスケだった

「ヒロってさ、後で食べようと思ってライブ会場の控え室にあったチョコやキャンディを入れたままにしておくんだよ。

 で、次に持って行こうと思ってバッグの中を見ると、それらが溶けていたりして・・・バッグを何個ダメにしたかな?

 だから、帰ってすぐに中のもの全部出しておくんだよ。今日はOKだね」

「うん、サンキュ。大ちゃん」

チョコレート・・・キャンディ・・・溶けて・・・ダメにする・・・・?

アベはその有名ブランドのロゴが入ったバッグを見つめ

こんな男に持って貰う為に作られた訳でもないだろうに・・・と、果てしなく同情した

「じゃあ・・・私、帰るわ。」

軽い目眩に襲われて、これ以上ココにいたら怒り出しそうな自分を感じた

「うん・・・じゃあ紅茶持ってくるから待っててね」

「まだ良いじゃん。オレに遠慮しなくても・・・」

「ホントに? ずっといても良いの? まだ夜は長いわよ」

「・・・彼氏が待っているんじゃないの?」

「ホントに嫌味な男ね」



「えっと・・・・アベちゃん。今日はゆっくり話せなくて残念だったけど。またね」

綺麗な袋に紅茶を入れてくれたダイスケが戻ってくると途端に残念がった



「美味しい紅茶ありがとう、じゃあまた明日スタジオでね。  お・や・す・み」



駐車場まで送ってくれると言うダイスケをやんわり断わって一人でエレベーターを降りる

散々、文句言いながら・・・それでも二人を見てると幸せになるアベだった



「また、こんな日が毎日来ると良いのにね・・・大変だけどさ・・・」



アサクラダイスケのマネージャー・・・アベはいつかまた楽しい日々が来る事を祈っていた

・・・accessの敏腕マネージャーのアベと呼ばれる事を・・・・










*******************************************END?








【おまけ】



「アベちゃんさ・・・何か怒ってた?」

「そう? 美味しい紅茶飲んで機嫌良かったでしょ?」

「そ・・・そうだよね!」

「変なヒロ」

アベちゃんを敵に回しちゃいけないなんて事は迂闊なオレでも分かってる

大ちゃんは彼女に近すぎて何も分かっていないんだ

「ヒロ・・・アベちゃんはボク達の味方だよ」

「あれ? オレの考え読まれてる?」

「とうぜん」

やっぱりオレは迂闊なままだ



「ねぇ・・ねぇ・・・まだちゃんと挨拶してないよ」

大ちゃんがオレの胸に飛び込んできてくれた

「そうだね・・・じゃあ改めまして・・・」

金の髪にそっと唇を落してから、彼の顔を上に向かせた



「ただいま」

「おかえり」



フワっと微笑んでから瞼が閉じられる

まだ微笑んだ形を残している唇にオレは自分の唇を重ねてさらに奥へと舌を忍ばせれば

彼が飲んでいた香りの高い紅茶の味をオレの舌が捉えた

「大ちゃん・・・美味しい」

すぐに彼は理解したんだろう

「ヒロも飲む?〃魔法のようにおいしい〃って言われているんだって」

「〃魔法のように・・・?〃ん・・・後で良い」

キッチンへと歩きかけた彼の腕を止めて抱き締める

「今は大ちゃんのキスがオレにとっての〃魔法〃だから」



「ただいま」

「おかえり」



どんなに喧嘩して気まずい日でも・・・その言葉で迎えてね









*******************************************END








君の声が聞きたい・・・
                      
             suika    
   


 
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