* バニラエッセンス *






「最近、顔見ないわよね」

地方でのツアーを終えて東京に向かう新幹線の中でアベが何とはなくそんな事を口にした

隣の席で乗車する前に買った弁当を食べ始めたダイスケはそんなアベを見た

「・・・誰が?」

その言葉は至極当たり前な事なのだが・・・

アベは意外な顔をする

「誰が・・・って・・・ダイスケが何にも思っていないなら良いけど」

「何の話??」

「あ・・・私、事務所に電話してくるわね」

アベが携帯を手にしてデッキへと歩いて行った

ダイスケはその後姿を見ながら箸でつまんだ牛肉を口に持ってくることも無く

ただ窓に映る景色を目で追っていた

この乗り物は物凄いスピードで住宅街を走っている

防御壁一枚だけで隣を走る鉄の塊を生活の一部として認めているのだろうか?

・・・ずっと前にダイスケはそれを誰かに聞いたことがあった

その人は今、自分が食べている同じ弁当を口一杯にほうばって答えた

『仕方無いってイヤイヤ受け入れたんじゃなくてさ・・・これも人生って納得したんじゃない? 

 じゃなかったら立ち退いてるよ』

『そう言うもの?』

『やだな、大ちゃん。 ポジティブに考えなきゃ』



「・・・会えないこの状況をボクもヒロも受け入れているんだよね。 もう少し・・・もう少しだから・・・」

ダイスケはあの時の彼のように口一杯にほうばってみた

「こうやって豪快に食べると美味しいね」




ガタッガタッ!

「だから! 何で進めて貰えないんだよ! オレはそんな事受け入れられない!!」

所属レコード会社から帰って来たマネージャーに掴みかかろうとするヒロユキを周りのスッタフが止める

「やめろよ!ヒロ!・・・・彼らに当たっても仕方ないだろう」

掴まれた腕を離されて背中をポンッと叩かれたヒロユキはその場に立ち尽くす

「オレらだって子供の使いじゃないんだ、アルバムの事もちゃんと話して来たよ・・・・・」

そう言うとマネージャー二人も目を伏せた

彼らも歯痒いと思ってくれている・・・

ヒロユキは自分の為に走り回ってくれてるスッタフに声を荒げた事を後悔した

「ごめん」

顔を覆って椅子に座り込む

頭では分かっているのに、気持ちがついて行かない

〃大人の事情〃って奴が自分の思いを蝕んでゆく気がする


もっと、もっと歌いたい  思いきり歌いたい

歌でしか伝えられないメッセージがある、そしてそれしか出来ない自分がいる

応援してくれるファンに・・・そして誰よりも愛しい人にちゃんと形にして見せたかった

「なんで・・・? なんでだよう・・・・」

スタッフも頑張ってくれる

素晴らしい楽曲も出来てる

レコーディングもしている

それなのに・・・・・

この世界の厳しさをまた一つヒロユキは思い知ったような気がした



「オレはまだ君に追い付けない」






「アベちゃん、雨だよ! これで少しは涼しくなるかな?」

スタジオから出てお茶を飲んでいる時に窓ガラスを震わせるような強い雨の音に秋の訪れを期待する

「ダメね・・・この前の台風の時だって寒くなるかと思ったら、逆に蒸し暑かったもの。 今年は残暑が厳しいって」

「ふぅん・・・そう言えば、この前ヒロに会った時って雨だった。

 ・・・どこかの店で雨宿りしたっけ。 ドコだったかな?」

その時の事を昨日の出来事のようにうっとりと話し始めるダイスケ



「ヒロは・・・今、ドコにいるんだろう? 濡れていないんだろうか?」

「あのさぁ、その異様に大きい〃独り言〃やめてくれる? 気持ち悪いから」

冷やかす様なアベの言葉にダイスケは確かに今ヒロユキを求めている事を自覚する

「アベちゃん・・・ボク・・・ヒロに会いたい」

会えない距離を受け入れていると思っていた気持ちを雨の音が少しずつ壊していく





「お〜〜〜ヒロ! こっち、こっち」

遊び仲間の悪友がアメリカから帰って来たので久し振りに酒を飲む店に足を運んだ

いつもの席で彼はヒロユキを手招いていた

「遅くなって悪い・・・急に酷い土砂降りでさ、タクシーが渋滞に巻き込まれちゃったよ」

髪に雨の雫を滴らせてヒロユキは席に着いた

「で、どうだった? アメリカは」

昼間の重い空気とは違う友人との楽しさからか普段より饒舌になっていくヒロユキだった

「オイ? お前顔色悪くないか?」

「久し振りに会ったのに最初の言葉がそれかよ!? 何ともないよ」

「んじゃあ、良いんだけどさ」

乾杯してすぐに友人に言われた・・・誰が見ても情けない顔になっているんだろうか?

「仕事も私生活も全然OK!」

ヒロユキは思いきりの笑顔で答えて見せる

酒がこんなにも不味く感じられる時があるんだと妙に冷めた頭の隅でそう思った



「じゃあ、オレそろそろ・・・」

「何だよ! 今日は酔い潰れるまで飲むんじゃなかったのか?」

帰り支度を始める友人に絡んでみせる

「わりいな、彼女が待ってるんだよ。 酔い潰れたら怒られるだろ・・・夜は長いのにって・・・」

「なるほど」

今夜は友人の奢りで会計を終え、店の外に出ると細かな雨が銀糸のように車のヘッドライトに照らされる

「これ・・・ヒロにやるよ。 お土産だ」

そう言って彼がジャケットの胸ポケットから茶色い袋を差し出した

「・・・何?」

受け取ると小さな固い箱のような感触が手に伝わる

「凄く気持ち良くなる魔法の道具・・・って所かな?」

「おい・・・それって、まさかヤバい薬??」

ヒロユキはその紙袋を持つ手が震えるのを感じた

「まさか! アメリカじゃ、みんな使ってるよ。 それに日本だって違法なモノじゃないぜ・・・」

・・・合法的なドラッグ・・・・

そんなモノがこの世にある訳がない

「今のお前に一番必要だって会った瞬間思ったよ。 行き詰まってんだろ? 

 それ使ってみたらスッキリするからさ」

「いらねーー! 返すよ」

「まっ、オレの使いかけで悪いけど。 一度試してみろって!・・・じゃーーな」

彼はそう言って停まったタクシーに乗り込み、立ちつくすヒロユキの横を走り去って行った


「薬に頼るなんてこのオレがする訳無いだろ!!!」

そう叫びながらもヒロユキは手の中の小さなモノを離せずにいた





送って行くと言ってくれたアベの言葉を制してダイスケは一人でヒロユキのマンションに来た

灯りが点っていないのはまだ帰ってきていない証拠

ダイスケが闇雲にココに来るわけも無く・・・ちゃんと事務所を出る前にヒロユキのマネージャーへ電話をしていた

『今夜はアメリカから帰って来たお友達と飲むんだって言っていましたから・・・帰りはどうなるか分かりません』

それでもきっと帰って来るような予感があった

ヒロユキの事にだけダイスケの勘が外れる事はない

「合鍵・・・今度作って貰わなきゃ」

鍵を強請る・・・・そんな恋人同士には初歩的なおねだりもまだだった

携帯にかけてみる

飲んでいるのが地下のバーなのか、何度かけても通じなかった

近くのカフェに入って待っている事も考えたけれどココに居る事もイヤじゃない

「こんな所でボーっと待ってたって言ったらアベちゃん怒るだろうな」

細かい雨は止む気配すらなかった

マンションの地下駐車場に繋がる暗い階段でダイスケはヒロユキを待った



暫くの後・・・ダイスケは時計を見やった

「今夜はもう帰らないのかもしれない。・・・あきらめて留守電だけ残して帰ろうかな」

もう一度、携帯をかける

せめて電波がつながる場所に移動しておいて欲しいと心の中で願った


♪♪♪

「あ・・・ヒロ?」

『大ちゃん・・・・今頃どうしたの? 久振り』

「良かった、通じた。 あのさ・・・今ドコ?」

『家の近くまで来てる・・・・・って・・・あっ・・・いた』

「何、ヒロ・・・? 誰が居たの」

『誰って・・・・見えない? こっち!』

ダイスケが暗闇の向こうへ目をこらせば携帯を持って歩いてくるヒロユキの姿があった

雨の粒を蹴散らしてヒロユキがダイスケの方に走ってくる

蹴散らされた水のしぶきがヒロユキのシルエットを夜の暗闇に描き出す

その屈託ない笑顔は確かに自分に向けられている



ダイスケは目の前に来たヒロユキを見て驚いた

「濡れるのが趣味になった?」

そう言わざるを得ないような濡れ方だった

「えっと・・・店からずっと歩いてたみたいで気付いたらこんなに濡れてた」

「どっかで雨宿りするとか、車拾うとかすれば良いのに・・・もう・・・」

都合よくハンカチなど持っている訳も無い

ダイスケは自分が着ているジャケットの袖でヒロユキの顔を拭う

「ありがとう。 でもさ、雨宿りしてたらココで会えなかったかもしれないじゃん」

「そうだけど・・・そうだけどね」

心配してるんだよ・・・・

言いかけたダイスケをヒロユキの手が引き寄せ冷たいジャケットの胸に抱き締められた

「ヒロ・・・冷たいよ」

「うん、ごめん」

謝りながらもヒロユキは安堵する

ポケットの箱の中身を使うかどうかを銀糸の雨に身体を打たれながらずっと考えていた

弱い人間の部分を引き摺りだされ試されている感覚

あの時、箱が入っている逆のポケットの携帯から彼の声が聴こえなければ誘惑に負けていたかもしれない

部屋の前で待っていてくれる愛しい人の姿を見つけなければ自分はダメになっていたかもしれない



あぁ・・・そうなんだ

絶望の淵を彷徨っている時に手を差し伸べてくれるのはいつだって彼なんだと



「部屋・・・行こう」

背中に回した腕を決して離さないように歩きだした





「ヒロはこのまんま、バスルームへ直行だよ」

「だね」

革のジャケットだけは洗濯出来ないのでダイスケが受け取った

お気に入りの靴が濡れてしまったのを少しだけ後悔しながらヒロユキはバスルームを目指す

「あ・・・大ちゃん?」

「何?」

「後で大ちゃんも入ってくるよね?」

イヤらしくて素敵なお誘いにダイスケは軽く頷いた



「これは・・・クリーニング行きだね」

そう言いながらダイスケはタオルで雨粒を拭いだした

「さっきからずうと気になってたんだけど・・・何でこのジャケット甘い香りがしてるんだろ?」

ヒロユキに会って抱き締められた時も気になっていた

その時は単純に・・・彼が甘いデザートを食べてきたのかと思った

タオルでポケットを拭いた

軽く引っかかる感じがして何気に中を探る

片方のポケットには携帯が、もう片方には・・・茶色の少しよれた感じの袋が入っていた

「あ・・・これが甘い香りの元だな」

ヒロユキはお菓子でも何日もポケットに入れたままにする癖がある

この箱もそれだろうとダイスケはあきれた

後でヒロユキに断わってから中を開けようと思った

・・・・しかし、どんな人間も誘惑に勝てないものだ

「こんなに香りが強いお菓子って何だろう?・・・見ちゃっても平気だよね」




「極楽・・・極楽・・・」

雨に打たれている時はそれでも気持ちよかったりするけど、

こうして湯船に浸かると身体中が冷えていたのだと改めて思う

ゆっくりと今日起こった事を思い出してみる

何かに追われているような切羽詰まった気持ちから解放されたような気がした


「アレは誰にも見つからないように処分しなきゃな」

「アレって・・・・コレの事?」

いきなりバスと洗面所を仕切っているドアが開いた

「大ちゃん!・・・ビックリした」

「コレは何?」

手にしてるモノが何なのか見当が付かずにヒロユキはダイスケを見つめる

「何って・・・箱?   ・・・ひょっとして茶色の紙袋に入ってた箱?!」

ヒロユキはバスタブから裸で・・・当たり前だけど・・・飛び出してダイスケの手からその箱をひったくった


「ごめん!迷ったんだよ、でも、使ってないよ。 

 さっき友達がくれたんだけど、神かけて誓うよ!! 使ってないから!!」

「使ってない・・・? 封、空いてるでしょ」

ダイスケの声が普段より一段と低い

ヒロユキはさっぱりした筈の身体から汗が吹き出るのを感じた

「これはオレじゃなくて、友達が使ったって。 ホントだってば! 信じてよ」

裸のまま謝るヒロユキの姿にダイスケは少しだけ溜飲を下げた


「何でこんなモノ貰うの? 信じられないよ。 さっき、迷ったって言ったけど・・・

 ボク以外の誰かと楽しもうと思ったの?」

「??????大ちゃん以外の誰かって????使うのはオレでしょ??????」


「一人で楽しむだけの為にこんなモノ使うの? それってプレイ?」

「プレイ・・・?」

ヒロユキは自分の手の中の箱を見やった


そこからは甘ったるい香りが放ち続けられている

「コレ・・・何だ?」

箱を開けて見る

「うわぁ!」

封印を解かれたソレらは更に甘い香りを放ちヒロユキの鼻をダメにしてしまいそうだ


「コレって・・・コンドーム?」

パッケージには英語で「contraceptive」の文字が・・・・

ヒロユキはその場に座りこんだ

「知らなかったの?」

「うん・・・ハハハ・・・そっか・・・そうだよな・・・そんな危ないモノあいつが持ってる筈ないもんな・・・」

雨に濡れながら悩んでいた自分がバカみたいだと思う反面コレで良かったと心から思った


「Vanilla essenceって名前なんだ・・・どうりで・・・甘い香りがすると思った」



「ねぇ?ヒロ」

裸のまま箱を見つめているヒロユキの隣にダイスケも座った

「何?大ちゃん」


「今夜・・・・コレ使ってみない」

「・・・使ってみようか」

二人見つめあって笑い出す

唇が重なってヒロユキは自分の身体がまた冷えてしまっているのに気付いた

それでも、この甘い唇を離そうとは思わない




翌日ソノ友達から電話が入った


「お前なぁ!コンドームならそう言えよ!!!!! 

『凄く気持ち良くなる魔法の道具』 とか何とか言って! 錯覚するだろ」

自分で勘違いしたクセに誰かに責任擦り付けなきゃやってられなかった

『オレ・・・ドラッグなんて一言も言ってないぜ、それにオレがそんな犯罪犯すかよ。

 ヒロがあまりに元気が無いから、きっとSEXライフが上手く行ってないと思って助けてやったんだよ』

電話の向こうでニヤついている顔が浮かんだ

「SEXライフ・・・って」

『で、どうだった? あれから使ったんだろ? 凄いだろ! あの香りに催淫剤が仕込んであるらしいんだ』

「どうりで・・・」

昨夜のダイスケの艶かしい肢体を目の当たりにしたら納得せざるを得ない

『ある意味、ドラッグより危険かもな・・・気を付けろよ、お前』

真剣に心配してくれているようだ

「もう、ヤバいって」

ベッドサイドの引き出しから立ち昇るソレはすでに今夜も甘い夜になるだろう事を予感させた



・・・sweet scent is dangerous aphrodisiac (甘い香りは危険な媚薬)




*******************************************END


直訳かよ!?(^_^;)すいません・・・英語は常に通知表「2」でした(恥)

最初はシリアスだったのに、いつの間にかギャグに???

悩んでいるのはヒロには似合いませんから(爆)

すっごい艶かしい大ちゃんを書くべきか・・・書かざるべきか・・・(悩)

                 suika
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