■Nightmare 【悪夢】■     







もう何台目になるのか分からない・・・こちらに向かって来るタクシーに手を上げた

しかし、近づいて来たそこに〃空車〃の文字は無く、客を乗せてヒロユキの前を走り去っていく

「あーーあーー今夜はなかなか掴まらねーーな、、、、クソッ!」

まだ上げたままの腕をバツ悪そうに振り回した

「罰が当たったかな」

都会の冬空に見え隠れする数少ない星を見つめてヒロユキは溜め息を零した




制作活動に行き詰ったと言えば聞こえは良いが、要は現場を抜け出して飲みに出かけてしまったのだ

『気分転換して良い?』

ヒロユキの行動をダイスケが許さない筈は無かった

『何勝手な事言ってるの? 自分の詞が遅れているのに!』

殴りかからんばかりに怒るマネージャーやスタッフを横目にヒロユキは夜の街へと飛び出した

抜け出して飲んでいる時は良いけれど、ふっとグラスを煽る手を止めると言い知れぬ後ろめたさを感じ落ち付けない

それでも現場に帰ることも出来ず・・・味気ない酒を喉に流し込むしかなかった

手軽に抱ける女に連絡出来ない事も無いけれど今のヒロユキは声高に笑う女の声は聴きたくなかった




この場所でタクシーを拾うのをあきらめて、近くの高級ホテル群が立ち並ぶ通りまで行こうと決めた

常用のタクシーだけでなくホテルを利用する客目当てに流すタクシーが走る場所まで行けば何とかなるだろうと思ったからだ

暫く歩くと思った通り何台かのタクシーを見つける

しかし、拾う為には向こう側へ行かなければならないし、何車線もある広い道路を横切るには長い歩道橋を渡らなければならない

「この下・・・走るか?」

信号も無く、かなりな交通量のココを渡れるのか・・・酔いが回っている足元が少しだけ気になった

走り出すタイミングを計っていると、向こう側に見覚えがある影を見つけた

「・・・・?」

影は段々ヒロユキの目に鮮明になってきてそれが誰かを映し出す

小柄の身体を白いファーの襟付きのジャケットに包み込み、襟を立てて顔を隠しているけれど

隠し切れない茶色の髪、少し回りを気にしているアーモンドの形の目元、キリっと結んだ唇

毎日会っているヒロユキが見間違う筈もなかった

「・・・・大ちゃん」

ヒロユキより忙しいダイスケがこんな場所にいるのが不思議だった、けれどスタジオ以外で会う彼はこんなにも儚い


・・・ダイスケを無理矢理抱いたあの日から、二人共何事も無かったように仕事をこなしている

ありきたりな会話をこなし、言うべきことだけは伝え、周りに合わせて笑い合い

そして・・・身体を繋ぐ事も無かった

あの日のあの部屋のあの会話は二人だけの秘密であり、きっと一生蒸し返す事は無いと思っていた

「大ちゃ・・・・・」

わだかまりが無いのなら〃こんな場所で何しているの?〃っと聴いてみた所で笑い話になるだろう

大声を通りの向こうに投げかけた瞬間・・・


彼の側に高級外車が滑り込んだ

助手席のドアが開けられて少しだけ躊躇うように話していたが運転席の誰かに急かされたのか

辺りを見回すとスッと車の中にダイスケは消えた

ヒロユキは目を凝らす

運転席の誰かを知りたくなるのは人間なら誰にでもある好奇心だった

すぐには走り出さないのが幸いしたのか対向車のヘッドライトに照らし出されている

「あいつ・・・確か・・・」

運転席に居たのは、40代半ばで端正な横顔の男だった

ヒロユキもどこかで一度会った事があるような気がした

記憶のソコから引っ張り出そうとしている時、また対向車のヘッドライトが二人を照らす

「!?」

明りを感じて離れたのだろう・・・・あきらかに二人はキスをしていた

ダイスケは口元を押さえて俯いている

その光景にヒロユキは何も発せず、一歩も動けない

ヒロユキは誰かが話していた事を不意に思い出した

『人に言えない付き合いをしている時はホテルで会っていても、少し離れた場所で相手の車に乗り込むんだよ』

俯いたままのダイスケを乗せて高級外車は夜の街へとスピードを上げて走り去る

ヒロユキは無意識にその後を追いかけようと思わず車道に飛び出した


キキッーーーーーーーーーーーーーーー!


「バカ野郎!死にたいのか!!」

急停止した車からの罵声を浴びながら倒れこんでもその車の行方を追いかけたい気持ちが止まらなかった

「大ちゃん・・・? 嘘だよね」

ダイスケの何に自分が憤っているのかも分からずにヒロユキはゆっくりと立ち上がり足を前に運ぶ




気付けば自分から逃げ出した事務所に舞い戻って来ていた

躊躇いがちに扉を開けると、その音に反応してアベが振り向く

「やっと帰ってきたわね・・・・自分が何したのか分かっているでしょう?」

「分かってる・・・・あのさ、大ちゃんは?」

スタジオの奥が今までに無いほど静かだ

ダイスケがいない機械はただの箱にしかヒロユキには見えなかった

「出掛けてるわ・・・誰かさんがいないんだからボーカル録りは出来ないでしょ」

「どこに行ったのかアベちゃんは知ってんの?」

「えぇ・・・まぁね。 取材の打ち合わせよ」

「打ち合わせならどうしてアベちゃんは一緒じゃないんだよ」

「ヒロ?? 何食ってかかってる訳? この雑誌の編集長からダイスケに直々に電話があったのよ」

アベが手に持っていた雑誌をヒロユキに見せた

その雑誌は最近よくダイスケ達にページを割いてくれる音楽雑誌だった

ヒロユキの記憶のソコからその雑誌の編集長の顔も浮かび上がってさっき見た運転席の顔と重なった

「あいつだ」

「今度ね、そこから写真集を出してくれるって話が持ち上がってるの。その打ち合わせ兼ねて食事に誘われたのよ」

「アベちゃんは変だと思わない?二人きりで打ち合わせなんて有り得ないじゃん」

「そうね・・・・でもそんな事も無くはないの。 個人的に興味を持たれるのは悪い事じゃないわ」

「あいつ・・・・ゲイだろ」

「ヒロ!!! やめなさい!」

空調が効いている筈の事務所の中の空気が一瞬に凍てつく

「・・・・そう言うって事はアベちゃんもどんな打ち合わせか知ってるんだ」

「ダイスケが決めた事よ」

ヒロユキは何も言えず拳を机に叩きつけた

ソコにあった灰皿や書類や鉛筆などが無残に床に転がる

「ヒロが身体で仕事取った事があったわよね、その事をダイスケは嫌がっていたけど・・・

 それが通ってしまう世界だって事よ・・・普通の人には理解できないでしょうね」

「今はそんなバカげた事やってないよ」

「知ってる・・・でも、ダイスケを罵る権利は無いわよね」

・・・確信していた・・・

ダイスケが自分の身体で仕事を取る筈ないって事はヒロユキが一番信じていた

あの日彼に投げつけた言葉は自分のやった事を正義化したかっただけだと知っていた

それなのに、ダイスケはそれを選んだ

アベの顔が今まで見た事ないように蒼白になってゆく

大事なアーティストを、長年の親友を守れ切れないもどかしさが彼女の心を苦しめる

「分からないのよ! どうしてこんな事になってしまったのか?! 身体を売って取って来た仕事に何の意味があるの?

 でも・・・止められないの・・・ダイスケを止められないのよ!」


ヒロユキは悟った・・・すべて自分の所為なのだと

「オレが悪いんだ・・・オレが大ちゃんを煽ったから。 全部オレが悪い・・・」

パンっと頬を打たれて見上げるとアベが顔を真っ赤にして震えている

「アベちゃん・・・・大ちゃんドコにいるの? 知ってるんだろ? ドコ!!」

震える指が一枚のメモをヒロユキに差し出した

「ココのホテル・・・でも、もう場所を替えたかもしれない」

書かれてあるホテルがさっきヒロユキが見つけた場所だった

・・・もう探すアテはどこにも無い



ヒロユキは目を開けて夢を見ているような気持ちだった



でも・・・それは悲しい『Nightmare』の始まり







「あぁ・・・・・イヤ・・・・やめて下さい・・・・はぁう・・・・」

身体の一番敏感な部分に指を絡められてダイスケの拒む声もすでに効果は無い

酔わされて男のマンションへ連れて来られた

身に纏った衣服は花びらのように豪奢なベッドの下へ散らされていた

透けるように白い肌に華奢な手足、抵抗するたびに揺れる茶色の髪も抵抗する声も

むしろすぐにでも身体の下に組み敷きたくなるほどの色気を持って男を誘う

「今日はもう何を言っても許さないよ・・・今まで何度もはぐらかされて来たからね」

ダイスケよりもずっと大人で世間の事も知り尽くしている男は優しい声色で釘を刺す

「ずっと君に憧れていたんだよ、そろそろ私のモノになってくれるよね」

長い指がダイスケの薄くて紅い唇をなぞり・・・そのまま口腔へ深々と差し入れる

「舐めて・・・」

固く閉ざした目蓋から一筋涙が零れた

透明な雫の中に閉じ込めたのはヒロユキへの想い・・・

舐めながら歯に当たる男の指を感じながらこのまま噛み切ったら逃げられるのだろうかと思いが頭を掠め

知らず知らず強く噛んでいたようだ

「・・・!?」

指を引き抜かれて唇に何かが当たる感触を感じる

・・・口づけされていた

指の変わりに入って来たのは男の舌だった

自分の力では引き離す事も出来ず口腔内を蹂躙される

逃げても後頭部を強い力で固定されて唇も舌も感覚が無くなるくらいに舐めねぶられた

「ハァ・・・・」

息をする為だけに許されたわずかな合間にも男の唇はダイスケの胸元を攻める

プクリと脹れた胸の飾りは濃厚なキスだけですでに立ち上がり男を誘う

好きでもないのに快感を求められれば身体は反応する

それが悲しいとダイスケはまた涙を流した

「ヒロ・・・」

男の愛撫が止まる


「・・・タカミくんの事好きなんだ」

「そ、そんな事無いです」

「彼もこうやって仕事取ってるって業界じゃ評判だよ・・・彼は良い相手を選ぶから頭良いんだね」

「ヒロはそんな軽い人間じゃない!」

「そうだよね・・・君もこうして仕事取ってるんだからお互い様か。 まぁ・・・こんなこと当たり前だから」

唇を歪ませて笑う男は何事も無かったようにダイスケの下腹部へと顔を寄せた

「イヤぁ・・・」

「イヤだ!!!!」

か弱い否定は男に自身を咥えられた瞬間、叫び声に変わった

「ヒロ・・・・ヒロ・・・」

愛しい人を呼び続けている事にダイスケは気付いていなかった

もう何も考えられなかった・・・ただその名だけが自分を救ってくれるような気がして叫び続ける


「もうやめよう・・・帰りなさい」

「すいません・・・・ボクは・・・」

「大丈夫、ビジネスはビジネス、写真集はちゃんと出すよ。採算はちゃんと取らして貰うから」

「ありがとうございます」

「悲しい恋をしていると言うのは余計なお世話かもしれないね」

ベッドの下に散らした洋服を身に着けながらダイスケは首を振った

「良いんです・・・悲しくても彼の側にいられればそれで良いと・・・今分かりました」

「好きとは言えないんだろうね」

コクンとうなづく

「今度は私を好きになると良いよ、優しく抱いてあげるから」

「そうですね・・・その時が来れば・・・」

頭を下げて寝室からリビングを抜けて玄関を出る

豪華な部屋の中の虚しい空気に・・・彼もまた寂しい人なのだとダイスケは感じた




人間は誰だって寂しいモノなのだ

だから隣で笑ってくれるパートナーを探す

その人の一言で人生を変えられる

愛しいと思える人に会えればそれだけで人生は半分以上幸福なんだ

後は・・・自分の努力次第



「ヒロ」



マンションを出て見上げた空は明け始めている



今まで起こった事はすべて夢のようだとダイスケは思った



それは・・・儚い 『Nightmare』 の終り










****************************END










「betray me」の続編です(のつもり)

大ちゃんのエッチシーンがお嫌な方はすいません<(_ _)>

最後までヤッテないけど・・・ダメかな(汗)

            suika


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