* 引力 *

 

 

夕食の後片付けを終えてモバイルを立ち上げている間にTVからソレは流れてきた

「あ・・・」

小さく呟いてソレに見入る

ダイスケの大好きな「夢と魔法の海の王国」で毎晩行われている水上のショーがもうすぐフィナーレを迎えるらしい

もう何度も見ている・・・でも、飽きる事は無かった

言葉には出さないで口の中だけで言葉を転がす

・・・終るのなら、あと一回見たい・・・

一人で行っても何の遜色もなく楽しく観られるのだろうと思う心とは別に

ソレを彼と一緒に観てみたいと本気で思った

でも、常に人が混みあっているソコに彼が行く筈がない 

考える事すら無駄に思える

すでにTV画面は綺麗な女優のアップに代わっている

「フゥ・・・・・・」

自分が思うより溜め息は盛大な音を立てて隣で音楽雑誌を繰っている彼の耳に届いた

「どした?」

彼の目にはさっきのCMは目にも留まらなかったらしい

「ううん・・何でもない。    ヒロは行きたい所ってある?」

「いきなりだね・・・・次のオフにどこ行くかの相談?」

「そう・・・」

う・・・ん  っと考える振りをして再び雑誌に目を落とした

その雑誌に行きたい場所でも載っているのかと嫌味のひとつも言いたくなるのを堪えた

「行こうか・・・・大ちゃんの一番好きな場所」

「エッ??」

「良いよ  さっきCMやっていたトコ。  行きたいんでしょ?」

「だって・・・ヒロああいう場所、嫌いでしょ? 何時間も待つんだよ。並ぶしさ・・・」

誘われて嬉しいのに何故かダイスケは俯きがちに言葉を探す

手離しで喜んで良いのだろうか? とブレーキをかけてしまう

「そうだけど・・・一度くらいは行っても良いかなと思ってたんだけどな」

あまりに念を押すのは付き合っている仲でもしちゃいけないと分かっている

しつこいのは嫌われる態度の一つ

「本当に良いの?・・・一緒に行く?」

「大ちゃん・・・・行きたくな・・・」

その後の言葉は絶対に言わせない

続こうとしたヒロユキの言葉はダイスケの甘い唇で封じられた

期待した通りだとヒロユキの作戦勝ちである

 

行くと決めたのは良いけれど、お互いに忙しい身だ

でも、見たいのは夜のショーなので夕方から入れる券で充分だとダイスケは思った

「中のアトラクションを回らなくても良いの?」

「良いよ。だって、それはまた出来るから。」

ヒロユキがココに付き合ってくれる“ 次 ”はきっと無いとダイスケには分かっていた

 

パークの駐車場に車を停める

天気が良い休日を甘く見ていたヒロユキは度肝を抜かれた

「うわ・・・マジ・・・すっごい車の数・・・すっげぇ人の数・・・・」

「夏休みや冬休みや連休はもっと凄いよ、クリスマスやカウントダウンもね。 今日は普通かな?」

「これで普通なんだ!?」

ヒロユキは自分が放った言葉にめちゃめちゃ後悔した

・・・誰だよ、あんなCM流したのは?!・・・

まだ日は落ちなくてこうこうとした西日が車の中のヒロユキの背中を照らし出す

その背中を見ながらダイスケは迷っていた

今なら中に入らずに引き返す事も出来るのだけれど・・・

「ヒーローーー」

静かに名前だけ呼んでみる

それ以上の事は何も言えなかった

日が翳りパークにも駐車場にも灯りが点る時間になった事にやっと気付く

「さぁ、行こうか。大ちゃん  ここまで暗くなったらあんまり気付かれないよね」

「良いの?」

「あれ?? 混雑ぶりにオレが帰るって思ってたの?」

無言で頷くと帽子からはみ出た金の髪が揺れる

ヒロユキは先に自分が降りて反対側に回りドアを開け、ダイスケの腕を取った

「行こう」

「・・・ありがとう」

 

券を買って中に入ると目の前の大きな水の地球儀にヒロユキはまず感動する

「うおおお」

その脇を通って城壁のような門をくぐると、目の前に広がるのは大きなハーバーだった

ココであのショーが行われると言う

ショーが始まる数時間前なのに、すでにカメラや荷物などで場所取りをしている人達の姿が見られた

「もう並んでるよ・・・一番良い席で見たいのは分かるけどね」

あきれたようにヒロユキは眉間に皺を寄せた

「でも、ボクも最初は何時間も前から場所取りしたよ、特等席で見たいと思うのは仕方ないよ」

「ねぇ?大ちゃん・・・オレと一緒だと自由に楽しめないよね。

 ショーが始まったらこのハーバーに来るって事にして別々に行動しようか? どう?」

「エッ??」

この雰囲気に溶け込めなさそうなヒロユキの申し出をイヤだと言って断われないダイスケだ

「そうだね、携帯で連絡しても良いの?」

「良いけど・・・最終的に帰る時に連絡くれて会えば良いんじゃない。邪魔でしょ」

・・・邪魔なんだ・・・

そう言われて返す言葉を見つけ出した人には感謝しても良いとダイスケは思った

 

「じゃあ、後でね」

「うん」

 

さっと後を向いてヒロユキは座れる場所を探す

でも、子供連れの家族にどの場所も占領されて見つけられなかった

仕方なくレストランの看板を探して席に着いた

タバコを取り出してから  また後悔した

「大ちゃんに少し冷たくしたかな・・・でも、一緒じゃない方が思いっきり楽しめると思うんだけどね・・・」

喫煙席を選んで座った筈なのに紫煙の流れる方にいた子供がコホンと咳をした

母親が「マナー知らず」だと言うように視線を向ける

“夢と魔法の王国”には魔法のランプの煙しか存在してはいけないのだろうか

 

好きなアトラクションはたくさん有る、って言うか全部好きだ

さっきヒロユキにこの混雑ぶりは普通だと言ったけれど、流石に200分待ちって言われると頭がクラクラしてくる

比較的並ぶ時間が少ないアトラクションを探した

混雑するお店も覗いてみた

・・・でも、何も楽しくない

目に飛び込む景色はいつもと変わりなく夢を見させてくれる場所なのに

心から面白いと思えない自分がココにいる

「ヒロと歩けると思っていたのに・・・一緒にいられると思っていたのに・・・」

“一緒に行こう”はその目的地に連れて行ってくれ事で“一緒に楽しもう”では無いのだ

「つまらない」

自分の耳にこんな寂しく聴こえる言葉をダイスケは今まで知らなかった

大好きなこの場所でこんな言葉を自分が呟く事になるなんて・・・・

 

「つまんね」

せっかく来たのだからと園内をグルっと回って見ているヒロユキから零れた言葉

ココは一人で見る場所じゃない、いつも隣にいて笑ったり甘えたりする人がいてくれて初めて楽しい場所なのだ

アトラクションをいくつ制覇するよりも、ただボーーと肩を並べて歩くのが幸せだと擦れ違い歩く人達を見て思う

そんな楽しみを知らずに広い園内を歩く自分は随分と損をしているのかもしれない

携帯を取り出して彼の番号を鳴らす

・・・応答が無く、すぐに留守録に替わる

電源を切られていて通じなくても文句は言えない

目の前にそびえ立つ人口の山は薄暗くなった空に真っ赤な炎を吹き上げて人々の歓声を浴びている

 

 

軽快な音楽と共にもうすぐショーが始まるアナウンスが流れた

そのアナウンスはパークのどこにいても聞こえるようになっている

すでに景色ではなく携帯を気にし始めているヒロユキの耳にもそれは聴こえてきた

どの順路を通ってハーバーに行くのかも分からなかったけれど、流れていく人の列に紛れ込んでしまえば辿り着けるだろう

「大ちゃんはドコでショーを見るんだろう?」

この暗闇の中で見つけ出す事なんて不可能に近いかもしれない

後を向いて壁際に並ぶ人・人・人・・・その後にも並びだす人の数の多さ

その中のどこかに彼はいる筈だった

 

習性のようにショーが始まる時間が近づくとダイスケはお気に入りの場所に行く

今日は少し出遅れたけれど納得する場所を取る事が出来た

ショーさえ見てしまえばヒロユキに電話する事が許される

少し寒くなった夜風の中で唯一暖かくなっているのは携帯だった

これだけは二人で見たい・・・と、あの時に言えば良かった

回りは恋人同士や友人同士や家族などで溢れている

どんなに感動しても「良かったね」と興奮して話す相手が隣にいない

少しだけ淋しさから涙が滲むのを、急に強くなった夜風のせいにした

 

 

・・・あと5分でショーが始まるとアナウンスが流れる

何時間も並んでいて疲れた様子の若者達や家族サービスのお父さんが少し元気を取り戻した

これを見れば家に帰れるのだろう

特等席は何重にも人垣が出来て、きっとはぐれた恋人達でもパートナーを見つけることは出来ない気がする

探す訳でもないのに目はやはりダイスケを追っている

見覚え有る帽子や洋服にとっさに声を掛けそうになった

「・・・っと、違うじゃん」

 

ふっとハーバーの灯りが一斉に消えてショーの始まりを知らせる

人々の待ち望んだ歓声が広いパーク中を低く響き渡った

歩いていた人々がハーバーの方へ歩み寄る、ヒロユキもすぐ近くの人垣の中へ潜り込んだ

空を彩る光と炎の競演は想像よりも凄い圧倒感でヒロユキに迫ってきた

息を吐かせぬスピードで身体が前にのめり込んで行くような錯覚まで覚えてしまう

「凄っえ・・・」

やっと童心に返った自分がココにいるのを感じた

彼がいつも無邪気なのはこの感覚を身体に刻んでいるのかもしれない

隣で微笑んで甘えて甘えかかって言いたい事を言える人

「大ちゃんに会いたいな」

美しい花火への賞賛の声にヒロユキの呟きは掻き消された

「・・・ヒロ?」

声の方に目をやれば、そこには見慣れた顔が・・・

「大ちゃん?!」

ついさっきまで探し続けてどうしても探せなくてあきらめてしまったその人がすぐ前にいた

「嘘・・・?!」

「こんな近くにいたんだ」

水面に反射する花火の光だけが唯一の灯かりの中で浮かびあがるお互いの顔に引き付けられる

「これって・・・魔法の力?」

「かもね」

華やかなショーはまだ続いている

人込みの中で見つけた相手を離さないようにお互いが手を伸ばしてすぐに絡み合わせた

 

 

 

『大丈夫、君もできるよ!一緒にやろう!』

 

 

 

魔法使いの弟子が夜空に向かってこう叫ぶ時、それは本物になるとダイスケは思った

 

一際高く花火が上がってショーはフィナーレを迎えた

すべての人の賞賛の声が漏れる中をヒロユキはダイスケの手を繋いだまま人の輪の中を離れた

「ちょ・・どこ行くの、ヒロ?」

ヒロユキは無言でパークに隣接されたホテルの裏に回った

案外とそこに人気は無くて華やかな表とは違う顔を見せている

壁一つ隔てた向こうには何万人もの人が溢れているのに、夜風に晒されて身体が冷えていくスピードをあげる

「ヒロ?・・・?!」

いきなり手を離されて驚くダイスケをヒロユキは力強く抱き締めた

「ごめんね・・・冷たくして、オレ・・・すっげぇ淋しかった」

「・・・」

返事が無いのは肯定なんだとヒロユキは心が凍り付くような気がした

「ここは大好きな人と一緒に来る場所なんだって分かった・・・ごめんね」

「ホント?・・・ボクもすっげぇ淋しかった」

「その言葉、大ちゃんには似合わないから・・・」

「こんな場所でダメ出ししないでよ」

クスッって笑ってダイスケは手をヒロユキの背中に回した

「暖かい・・・」

欲しかったのはこの温もり

欲しかったのはこの腕の強さ

 

暗闇の中でも辿り着けるのは唇の場所

重なり合う唇は少し冷たくてダイスケにあの時告げた言葉が甦る

・・・一人にしてごめんね

角度を変えて何度も重ねあう

この世に生きているのは二人だけのような気がするとヒロユキは言った

ダイスケは目を細めて微笑んだ

 

ハーバーに戻るとさっきまでの華やかなショーの残像を名残惜しそうに見つめる人と

閉園までの数時間を楽しもうと精力的に動き回る人とに別れている

 

ヒロユキは隣にいるダイスケを見た

「どうする?もう帰る?」

「一つくらいアトラクションに乗ってみたくない?」

「今からじゃあ無理なんじゃないのかな・・・」

「これからが狙い目なんだよ!」

自信満々で走り出すダイスケに苦笑しながらついていくヒロユキ

その手はしっかりと繋ぎあったまま

 

・・・この先、どんな魔法にかかるんだろうね

・・・ボクはヒロのキスでいつでも魔法にかかってる

・・・オレ、魔法使い?

・・・の、弟子の弟子

・・・うわっ  かなり下っ端だな

・・・でも、かけていいのはボクだけだよ

・・・もちろん

 

何度  はぐれても  きっとボク達は  巡り合うように  運命(さだめ)られているんだ

 

 

 

 

 

************************************** END

 

 

 

 

せっかく “ネズミーシー“ に行ったんだから・・・って事で書いたんですが(^_^;

園の様子とか時間軸とか景色とかまったくでっち上げですので気になさらずにお願いします(汗)

流花さんとの会話「絶対、ヒロは来ないよね」 「うん・・・並んだり待ったりするの苦手そう」

・・・でも、来させちゃいました(笑)

 

                                   影響されやすいsuikaでした。

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