Forget- me- not 

 

起きてすぐにお気に入りのカップにコーヒーを入れた

顔を洗って戻る時にテーブルにぶつかってお気に入りのカップは粉々  コーヒーは絨毯の染みになった

「ツイてない・・・」

出掛けなければいけないのに車が壊れてしまった

懇意にしている修理屋に車を取りに来て貰ってから仕方なく部屋を出る

「ツイてない・・・」

電車で行こうと駅までを歩いていると・・・ポツリ・・・ポツリ・・

「雨かよ〜〜〜〜チェッ・・・ツイてない」

・・・・今日の占いは12位なのかもなぁ・・・・

駅に向かう最中に雨足が強くなって、見る間に蒼いシャツの肩や袖が濃い色になり始めていた

中に入ってから時計を見ると・・・「嘘!!」

出掛けにゴタゴタしたからだろうか待ち合わせの場所まで電車では間に合わない事を知った

もうタクシーで行くしかないと駅の外にある乗り場まで走った

幸いに乗り場までは透明なアクリルの屋根があるので濡れることは無い

それに、通勤通学のラッシュからは時間がずれていたので待っていればすぐに乗れるだろう

「フ〜〜〜マジで今日ヤバくねぇ?ツイてなさすぎだよ」朝から何度目のかのグチが口から出た

 

タクシーが目の前に止まってドアが開く、乗り込もうとした瞬間・・・

「すいません、急いでいるので替わってもらえませんか?」割り込もうとする誰かの声がオレの動きを止めた

「何だと?ふざけるな!!」

振り返って声の主を見ると白いシャツを着た高校生だった

朝から機嫌が悪いんだよ!!!オレは!!!!

「冗談じゃない!オレが先だろう!!」

「・・・すいません、でも・・今日試験なんです。遅れると点数が貰えなくなってしまうんです」

「そんな事オレに関係ないだろう?!」

「・・・・・・・・」

鞄を握り締めている指が微かに震えている・・・見ず知らずの人間に声を掛けるのは勇気がいる

回りにいたタクシー待ちの数人の視線がオレに突き刺さってくる

確かに端から見たら幼さの残る真面目な高校生が学校にタマにしか行かない不良大学生に因縁つけられている様に見えるのかも・・・

こんな時に限って次のタクシーがなかなかやって来ないものだ

「お願いします」  彼は頭を下げ続けている

「オレだって今からオーディションに行かなきゃならないんだよ」

「オーディションですか??」 ホラッ・・・彼の可愛いまん丸な目が更に丸くなってる・・だから言いたくなかったのにな

 

「もう、良いよ・・・・」もう彼に譲ってもいいかと思いかけたら・・・

「どこですか?オーディションの会場?」彼が先にアクションを起こした

「○▲だけど・・・・?」

「僕は●□なんです・・・近いから一緒に乗って行きませんか?そこから僕、走りますから・・・」

可愛い顔に似合わずにワイルドな性格らしい・・・

さぁさ・・・・とタクシーに押し込まれて、後に彼も乗り込んで運転手に○▲と行き先を告げた

「あのさ・・・」

言いかけて彼の項に汗が光っているのが見える・・・きっと電車を降りてバスに間に合わずタクシー乗り場まで走ってきたんだよな

・・・女子高の制服ほど詳しい訳ではないけれど、この制服??●□??ひょっとしてあの有名私立高校??

「運転手さん、・・・●□まで急いで下さい」

エッっと彼が驚いてオレを見た

「だって・・・大事な試験だろ?」

「でも、あなたもオーディションが」

「あ・・・・・うん、そうだけど・・・イマイチ気が乗らなくてね・・・だから君の方を優先しよう」

「ありがとうございます」少しの躊躇の後に彼は笑顔でオレに頭を下げた・・・それがとても清々しかった

 

あんなに降っていた雨が嘘のように上がってしまった・・・初対面の二人が話の弾む訳もなくただ目的地に着くまでの街並みを見るだけだった

高校の目の前で止める事は出来ないので少し手前でタクシーを止め彼を降ろす・・・代金は全部払うと言う彼からは半分だけ貰った

「本当にありがとうございました」 元気に門を目指して走って行く彼の細い後姿

「試験、頑張れよ!!」 思わずそれを見送くるうちに口から出てしまっていた

振り返った彼の笑顔がオレの胸に焼きついた・・・

こんな出会い方をした二人がまたどこかで会えるなんて事オレは思ってもいなかったけれど・・・

ふと手に何かが当たった・・・傘!!雨がやんでしまったから彼は忘れてしまっていたらしい

運転手に渡せばいいのに・・・オレはまた彼に会えるかもしれないと言う漠然とした予感でその傘を持ってタクシーを降りた

宇宙をイメージしたような青い地に金色の星や惑星が散りばめられているとても高級そうな傘だった

・・・私立●□高校で、ブランドの傘を持ってて、制服も着崩した感じは少しも無くて・・・お金持ちの息子だったりするのかな?

その日はもう雨は降る事は無くて傘が無くても困ったりはしないのだろう・・・でも失くしてしまって親から怒られたら可哀相だよな

 

で・・・オレはと言うと、もう数えるのも嫌になってくるような何度目かのオーディションに・・・落ちた

「本当に歌手になれるかな??」幼い時から自信だけはありあまるほどのオレも流石にショックだった

小学生の頃から「歌いたい」って気持ちが沸いていた、でもどうやったら「歌う場所」が得られるのかがわからなかった

だから児童劇団に入ってミュージカルの子役とかドラマの通行人役とかやってみた

業界の人間と親しくなって損はないから・・・

高校生くらいになると「歌いたい」だけで世の中は渡っていけない事くらい理解してくるモノだ・・・それは嫌でも・・・

大学に入って知り合いから「歌って」みないかと誘われて、集められた数人でバンドを組んで洋楽をコピーしたCDも出した

それも長くは続かず、次にソロでアルバムを出しても貰った・・・ほんの少し・・・有頂天になった

 

今は・・・・・・どこにもオレが「歌いたい」場所はない

紹介してくれたり誘ってくれたりする人は沢山いて色んなオーディションを受けてはいるが「歌いたい」と思う音に出逢えずにいた

大学に通いながら、知人のライブハウスで夜毎歌うことだけが今のオレのささやかな「歌う」場所

 

梅雨の時期にしては晴れの日が続いていたから・・・傘の事なんてすっかり忘れていた・・・

 

カチャ・・・

「イヤァ〜〜ン、、、ヒロ〜〜雨が降り出した〜〜駅まで送って行って〜〜」

昨夜泊まっていったユリが玄関を開けて騒いでいる・・・雨か・・何日振りだろう

「・・・起きたくない」

「ひっどい〜〜〜じゃあ、この青い傘借りるね」

「ン・・?青い傘!!!!!ウワァ!!」    オレは飛び起きて玄関に向かった

「ちょ・・・ちょっと待て!!それダメだから!オレのモノじゃないから!」

「エッ・・・?」  もの凄いオレの慌てぶりにユリの頭に?マークが出ていた

「駅まで送っていくから・・・ちょっと待ってて」

修理されて戻って来た車にユリを乗せて駅に向かった・・・彼女を下ろしてからあのタクシー乗り場まで回ってみる

-------------こんな瞬間だけ神様に投げキスをしたくなってしまう

・・・・雨のカーテンの向こうに白いシャツを着た・・・彼が立っていた・・・

少し茶色の前髪が雨に濡れてクルクルと額にかかって幼い顔を更に可愛く見せていた

タクシーに邪魔にならないようにロータリーを回って彼に近ずいてクラクションを鳴らす

そこにいる人達はチラッと見てすぐに自分の知人じゃないと分かるとまたそれぞれ違う方向を向いてしまった

当たり前だが・・・彼も目を逸らしてしまった・・・だよね・・・知人じゃないもん・・

窓を開けて「オーイ、そこの高校生くん、君に用事があるんだけど〜〜〜」呼びかけた

高校生はそこに彼一人しかいなかった・・・それでも自分の事じゃないようにキョロキョロ見回している

「君だよ・・・」やっと自分の事を名指しされていると理解したのだろう、オレの車の方に歩いてきた

「あの・・・何か僕に御用ですか・・・?」

「オレ・・・覚えていない?忘れちゃった?この前、タクシー取り合いしちゃった事?」

「・・・?アッ!あの時の・・」 怪訝な表情から一変してはにかんだ笑顔を見せてくれた

「今から家に帰るところでしょ?乗っていかない?送っていくよ」

「イイです・・見ず知らずの人に乗せてもらったらダメだって母から言われていますから」

・・・母ね・・・・

「じゃあ・・・人質の命はどうなっても良いんだ?」

「人質・・・?」

コレッっと後部座席からあの青い傘を取って彼の前に差し出した

「あっ!傘!・・どこで失くしたか見当付かなくて困っていたんです。大好きな傘だから・・良かった」

「でしょ?・・・・この間の事あやまりたくてさ、気になってたんだよ。試験どうだった?」

助手席側のドアを開けたら・・・僅かな躊躇いを見せたけれど乗り込んできた

「ちゃんと間に合いました。あ・・まだちゃんと御礼言ってなかったかもしれない・・・ありがとうございました」

ペコリと頭を丁寧に下げられてオレもつられて頭を下げてしまった

---------どうしてだろう、もっと彼の事が知りたい

「すぐに帰らないとダメ?お母さんに怒られる?お茶しようか」・・・これってマジ、ナンパだよな

「・・・・・寄り道は学校から禁止されてるから・・・それに行った事ないし・・・」

うつむく横顔がすこし淋しげだった・・・なるほど『カゴの鳥』って訳だ

「保護者同伴なら大丈夫でしょ?君、お兄さんとかいない?」

「僕、一人っ子だから・・・」

「そっか・・・でも行こうよ。もし誰かに見つかったら従兄弟と一緒って言えば良いじゃん・・・ねぇ?」

そんな嘘ついてまでオレに付き合ってくれるだろうか・・・

彼は考えていたけれど、ニッコリ笑って「うん」とうなづいた

 

そんな言い訳を用意した割には行った所がファーストフ−ドの店かよ?!オレ・・・

でも彼はそんな店にも一度も入った事が無いらしく注文の仕方も知らなかった、「何が美味しいの?」とオレの背中に回って小さく聞いた

今時・・・・そんな「世間知らずの若者」が本当にいるとは思わなかった・・・ビックリだよ

席に着いてからがまたビックリ・・・ハンバーガー食べるの初めてだって・・・・

「美味しい〜〜」嬉しそうに食べる彼を見て、オレが人生初めてのハンバーガーを食べた時ってどんな気持ちだったんだろう

「あ・・・・まだ名前も聞いていなかったね、オレ〃ヒロ〃・・・フルネームは・・・・まっ、いいか」

「僕・・・クガキヨミって言います」

「キヨミってどんな字書くの?」

「〃清い水〃って書いてキヨミです」

「綺麗な名前だね。じゃあキヨチャンって呼んで良い?キヨチャンは●□高校の・・」

「キヨチャンですか・・・・?!2年生です17歳。・・・あの・・・ヒロさんは?」

「ヒロでいいよ、21歳 いちおう大学3年・・・あまり、行ってないけどね」

年上の人間と話す事ってあまり無いんだろうな・・・何を話して良いのか戸惑っているのが判る

「あ・・・あの日、オーディション受けるって言ってましたよね?どうなったか聞いていいのかな?」

ブッ! 飲んでいたコーラを吹いてしまった

「ゴメンナサイ!失礼な事言っちゃった・・」

「いえいえ・・・ダメでした、もう何回落ちてるかわからないから気にしないでよ」

「ひょっとして、俳優さんですか?」

「違う、違う、ミュージシャン!歌いたいんだよね・・・でもなかなか」

ミュージシャンって聞いてキヨチャンの目がキラ〜ンと輝いた

「僕も将来は音楽の道に進みたいって思っているんですよ」

「何か楽器やるの?それとも歌手?オレのライバルになるのかな」

「小さい頃からピアノ習っているけど・・・僕はシンセサイザーを弾いてみたい」

「でもさ・・・キヨチャンが通ってる高校って大学進学率が高い学校なのに、将来、音楽の道に行きたいの・・・?」

オレの質問・・・・ヤバかった・・・?キヨチャンが俯いてしまった・・・どうしよう・・・

「僕・・少し身体が弱くて、だから母が〃趣味程度なら〃って・・・」

「でも、いつのまにか趣味じゃなくなってしまった?」

それからキヨチャンは音楽の話をオレに話し続けた・・・会ってまだ2回目なのにね

「キヨチャンが一番好きなアーティストっているの?」

「TMN!」

「あぁ・・・なるほど〜〜シンセサイザーって言えば今はTMNだよね、でもオレは洋楽しか聴かないから。」

「そうなんですか・・凄いんですよコムロさんは!でも友人に聞いたんだけどコムロさんのサポートをしている人がもっと凄いって!」

「サポート・・・?アレンジみたいなモノかな?知らなくてゴメン」

「若いのに打ち込みが天才的に早くてアレンジも凄いって、あのコムロさんが認めてる人で・・・あ・・・自分の事ばっかり話してますね」

その人の名を告げかけてオレが黙っているのに気付き、キヨチャンは慌ててオレンジジュースを飲んだ

「夢があるのって良いよな。今のオレは「歌う」場所を探すだけで必死なんだ・・・学校もロクに行かないし。キヨチャンが羨ましいよ」

「・・・・でも音楽がやりたいって両親には言えないから・・・・夢は夢で終わってしまうかもしれない」

-------------そうなんだ・・・彼を知りたいと思ったのは、オレら何かが似てるからじゃないの?

「そうだ!その傘!蛍光塗料とかが塗ってあるのかな?暗い所に置いてあったら星や惑星の模様が光っててすごい綺麗だった」

「父のパリ土産です、僕もとっても気に入ってて暫くは外にさして行けなかった。お部屋の中で広げて楽しんでました」

・・・パリ土産だって〜〜〜〜やはりそうとうなハイソな家のお坊ちゃんらしい

 

会って2回目とは思えないくらい話は弾んだけれど、彼の帰宅時間とオレのバイトの時間が迫っていた

家まで送って行くと言うオレに「ヒロさんのアルバイト先とは逆の方向だから」と頑として送らせなかった

それでも帰り際・・・・キヨチャンは精一杯の勇気を振り絞って「またこうしてお話して下さいね」と言った・・耳を真っ赤にしながら

 

オレも毎日駅まで行ける訳でもないのに、約束も交わした訳でもないのに、時間を決めた訳でもないのに・・・・・・

高校生の彼だって同じ時間通り同じバスや電車に乗れる訳でもないのに、友人と遊ぶ事だってあるだろうに・・・・・

オレが駅に行くと必ずキヨチャンはそこに立っている、当たり前のように優しい笑顔をオレに向けてくれる

-------------4歳下の可愛い友人との奇妙な友情が芽生えていた

キヨチャンがどこのだれでなんて事はまったく関係なかった

オレ達の共通な話題は音楽の事ばっかり・・・って言うか、キヨチャンは浮世離れしていて人気のアイドルとか流行りモノとか全く知らなかった

でも、家の門限には絶対送れないように気をつけてあげながら(オレってアッシー?)

 

「自分で作曲とかするの・・・?」何度目かに会った時、何気に聞いてみた

ピアノを弾ける人って自分で作ったりしたくなるもんだと誰かに聞いたことがあったから・・・

「遊び程度なら・・・でも難しいな・・・プロってやはり凄いですよね」

「ふ〜〜ん、そうなんだ」オレはちょっとだけ耳が痛かった

遊び程度のバンドを組んでアルバムまで出した事のある身としては「プロ」って言葉にちょっと気後れしてしまう

あれからもいくつもオーディションは受けているけれど「歌いたい」音楽と出会ってはいなかった

「ピアノよりキーボードが弾いてみたい」

「エェ?あんなにシンセが好きって言ってるのに持ってないの?」

「・・・・両親がデジタルサウンドを理解してくれていないから・・・お願いは出来ないし・・・」

「あぁ・・・そうか・・・弾きたいの?」

「ツマミをひねったらどんな音に変わるんだろう〜って・・・ピアノには無い感じかなぁ〜〜って想像するだけだから」

テーブルをトントンとキーを押さえて弾く真似をしている、そんな仕草も可愛く思える

 

「キヨチャン?今から、オレがバイトしているライブハウス行ってみる?キーボードが確かあったと思う。弾いてみなよ」

「ライブハウス・・・?」

「また一つ経験が増えて行くじゃん、楽しいしょ?どうする・・・今から行くとなると門限通りに帰れるかどうか判らないかもよ」

会って間もない頃の君ならきっと首を振ってあきらめていただろう・・・でも今は色んな経験が楽しくて仕方がないようだ

「行きたい・・・ちゃんとお母さんには電話しておけば・・・大丈夫・・・だと思う・・・」語尾が小さくなった

 

「こんばんわ〜〜〜〜〜」

若者達が集まる雑踏な街の半地下にライブハウスはある、真面目な高校生ならこんな街もこんな店も知らずに生きていくだろう

「おう!ヒロ、今日はこんな明るい時間にどうした?」

マスターのケイはオレが昔少しだけプロダクションに所属していた頃の知り合いだ、そこを辞めてこの店をはじめた

「お客さん連れて来た、キョチャン?」  ドアの向こうからなかなか中に入ろうとしないキヨチャンをケイに紹介する

「現役の高校生だよ♪キヨチャンて言うんだ。こっちがココのマスターのケイ」

「よろしく・・・ヘェ・・可愛い子だね〜〜ヒロの知り合いか?まさか彼女じゃないよなぁ?」

「冗談はやめろよ、キヨチャンびびってんじゃん」キヨチャンは直立不動のままオレ達の会話を聞いていた

「こっちおいで・・・」オレの声にやっと魔法が解けたように椅子に座った

「スイマセン・・こう言うお店・・初めてだから・・・クガキヨミです。よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げるキヨチャンにケイも目を細めて笑った  「マジ、可愛いじゃん」

「あのさ〜〜あのキーボード彼に弾かしてやってくんない?」オレはそっちに指を向けた

「いいぜ・・・でも誰も弾かないからまともな音出ないかも〜〜ココで歌う奴らはロックが多いからシンセは使わないからな」

「流石にTMNをカバーしないよな・・・」

キヨチャンは少し埃を被っているカバーを外して、電源を入れ、そっとキーを押した

電子音が狭いライブハウスに響いた  

キヨチャンは嬉しそうに鍵盤を一つ一つ確かめるように弾いていく

「おぉ!なんか新鮮だな〜〜」 ケイもキーボードに近寄って来た

「コレ・・・触って良い?」鍵盤の上の方に並んでいるツマミをキヨチャンは触ってみたいようだった

「いいでしょ?キヨチャンの好きに触らせてやっても・・・」

「全然、OK!」

少しだけ回してもコードは変わってしまう・・・それがシンセの良いところなのかもしれない

でも・・・アナログの洋楽をカバーすることに慣れてしまっているオレ達には無縁の世界だった

キヨチャンはまた新しい経験に夢中でキーボードを演奏している・・・時にはクラシックを今風に・・時には大好きなTMNを・・

 

「あれ〜〜〜何?何?珍しいじゃん・・この店からシンセが流れてくるなんて」入って来たのは同じバンド仲間のエイジだった

キーボードを弾いているキヨチャンを見つけて、オレに近寄って「この子?誰?」声を潜めて聞いて来た

「新しいメンバー」

「マジ???こんな可愛い子なら大歓迎だけどさ・・・あれ?この制服って・・・もしかして?」

「・・・・学校は関係ないだろ」ケイがエージに笑って見せた  「要はやる気だな」

エージは才能はオレよりあるのに、根気がない・・・練習もあまり熱心とはいえないからケイからよく小言を言われている

キヨチャンの演奏に浸っていると、隣にやはりバンド仲間のケンイチが立っていてオレはビックリしてしまった

「いつ来たのさ・・・?」     「さっき・・・誰も気付かなかったろ」     「ゴメン」    「良い音だよね・・・」

存分に弾いたのか、キヨチャンは頬をピンクにして額にはうっすらと汗までかいている

ギャラリーの数が増えている事に自分でも驚いたようで、照れ臭そうに頭を下げた

オレ達はキヨチャンに惜しみない拍手を送った

ケンイチがすっと前に出てキヨチャンに「・・・初対面でなんだけど、バンドに入らない?学校の妨げにならない程度で良いからさ」

「ケンイチ、無理だよ。彼は今日始めてキーボードーに触ったんだ・・・それにこんな時間まで連れ出すのだって無理やりだったから」

「・・・・そうか、ごめんな。驚かして」 ケンイチは無理強いはしない男だ、でも音楽には拘りがあるようで、その彼がキヨチャンの音を欲しがった

それだけ、キヨチャンの才能は凄いものなのかもしれない

でも、それを生かす場所も生かす術も知らないオレ達は・・・やはり似たもの同士なんだ・・・・・

 

「もうすぐ店を開ける時間なんだけど、ヒロ達のライブ聴いて行くか?」ケイがキヨチャンに優しく言った

これ以上遅くなったら両親に怒られるのを承知で彼は「ウン・・・」と頷いた

「キヨチャン・・・良いの?オレ今すぐでも家に送っていくよ」

「こういう所に来られるの・・・最初で最後かも知れないもん・・・ヒロの歌聴きたい」

「最後って、またいつでも来れば良いじゃん」

「・・・門限があるからね、僕は箱入り息子だから」キヨチャンは明るく笑って言った・・・・オレ達も笑った

ライブの時間が近づくとオレ達の演奏を聴きに来るファンで狭い店は更に狭くなる

その光景はキヨチャンにとって別の世界の出来事だったらしい

-------------いつもはオレの歌を聴きに来てくれたみんなの為に歌うけど、今日はキヨチャンの為だけに歌うよ-------------

ライブを終えたオレがキヨチャンの側に行った時、彼がポツリと言った  「ヒロの声って凄いね・・・

 

 

門限なんて言う優しい時間ではなくなってしまった深夜でおまけに土砂降りで・・・オレはキヨチャンを自宅まで送って行った

梅雨の終わりには大雨が降るって予報が大当たりしたみたいだ

家の前まで行くとすぐに降りる様子を見せずに珍しくキヨチャンはオレに話し続けた

「あんな楽しい世界があったなんて・・・僕、何にも知らなかった。」

「だろ?・・・でもさ、今は知らなくても良いんだよ。まだまだ若いんだから真面目な事も知らなくちゃ。教科書に乗ってない事はオレが教えてあげるよ」

「あのお店に次はいつ行けるかな?」

「遅くなるからな〜〜いつでも来いよ、とは軽くは言えないけど。次は彼女とでも来れると良いね」

キヨチャンは真っ赤になって俯いてしまった・・・アレレレレ?

「好きな子とかいるんだ?」

「違うよ〜〜〜いないから恥ずかしいんだってば」 ムキになる所がアヤしいなぁ?

「・・・じゃあさ、キスした事ある?」

「・・・無い」更に赤くなってしまった

 こんなに可愛い子なのにね・・・でも近寄りがたい感じはするよな。

 

ちょっとだけ、本当にちょっとだけ悪戯心がオレの中に芽生えた・・・

「キヨチャン、目瞑ってみ?」オレの言葉に「ン?」って瞳で問いかけてくる

「いいから」 大人しく目を瞑った

こんなに深夜で大雨のベールに隠された車の中は誰にも見咎められる事も無いだろう

オレはキヨチャンの細い身体を抱きしめた・・・「女の子はこうやって優しく抱いてあげんだよ」彼の身体が固くなるのが抱きしめた腕に伝わってくる

そしてキヨチャンの柔かい唇に自分のを重ねた・・「最初のキスも優しくね」驚いてキヨチャンはオレの腕からすり抜けて車から降りた

それでも礼儀正しく「今日はありがとう」と告げて門の中に消えて行った

 

 

-------しばらくキヨチャンと会えない日が続いた-----------------

あんな事したから怒っているのかもしれないなぁ・・・自信満々なオレが「反省」なんてしてるよ・・ビックリ

 

「ヒロ・・・大学行かないのか?」昼間からライブハウスに入り浸ってるオレにケイが聞く

「あ・・・ん、まぁね・・・でもオレ試験の点数だけは良いからさ」

「そう言う事じゃなくて・・・親に心配かけんなって事だよ」

「判ってるよ・・・そうそう、元業界人なら知ってるよね?コムロさんの片腕って呼ばれてる天才キーボーディストって誰?」

「お前の方が現役業界人だろうが・・・マジで知らねーの?有名だぜ   あさ・・・」

RIRIRIRIRIRIRIRIRIRIRIR・・・

いきなりの電話のベルでまたオレはその天才の名前を聞きそびれた

 

「ハイッ、****    あっ・・・どうも・・・エッ!・・・そんな・・・」

ケイの顔からみるみる血の気が引いていく・・・何があったんだ??

「・・・わかりました・・・わざわざありがとうございました・・・」

受話器を置いてもケイは動かなかった

「どうした・・・?何か悪い知らせ?・・」

ほんの数分だったかもしれないけれど・・二人の間には数時間が流れたように思えた

 

「ヒロ・・・落ち着いて聞けよ        キヨチャンが亡くなった」

 

「・・・・・・ハッ??     何言ってんの?    」

「キヨチャンのお母さんからの電話で・・・もう一週間前に亡くなってて、遺品を整理したら手帳の一番最後にウチの店の名前があったから・・って」

もうケイの言葉が遠くからしか聞こえない

自分の耳が音を捉えるのを拒否してしまったらしい

「嘘だよ・・・一週間前って・・・ココでキーボード弾いた翌日じゃんかよ!!嘘付くなよ!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言葉ってこれで合ってるんだろうか?それすら判らない・・・

「朝、起こしに行ったら眠るように・・・心臓が悪かったらしい・・・・」

「だから!!嘘付くなって!!!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オレは怒鳴っているんだろうか?

「ヒロ!本当の事だ!!」ケイが苛立ったように声を荒げた

「オレは今からキヨチャンの家に行って来る・・お前はどうする?」

「・・・何で行くんだよ!行ってどうなるんだ?オレは認めないからな!」

「キヨチャンは優等生だよ・・・親御さんもそう彼を育てただろうと思う・・・でもその彼の手帳に不良が行くような店の名前があったんだ

 きっと、お母さんは迷ったと思うよ・・認めたくなかったかもしれない・・」

「・・・・・・・」

「でも、自分の知らなかった子供の世界をちゃんと見たい・・・って、勇気出して電話してくれたんだから。こっちも行くのが筋ってもんだろ」

「・・・でも、オレは行かない・・・認めたくない・・・」

人間・・・本当に悲しい時には涙は流れないものだと初めて知った

「わかった・・・留守番しててくれ」

 

「・・・ヒロ、大丈夫か?」 ケイが連絡したのだと思う・・・エイジとケンイチが店に来た

オレの精神状態がおかしくなっているとでも聞かされて慌てて来たのかもしれない

「突然何て信じられないよなぁ」  「やめろよ・・エイジ」  「ゴメン・・・」 そんな二人の声もテレビの中から聞こえているような気がする

 

-------------やはり、そんなに深い付き合いじゃなかったから別に悲しくないんだな-----------------------

感情の表面をサラッ・・・っと水が流れて行くようなモンじゃないか、ホラッ・・・涙も出てこない・・・

 

ガチャ・・・店の扉の開く音がオレの胸を締め付けた・・・痛い・・・

「あ・・お帰り〜」 「お帰り・・・どうだった?」

「二人とも来てくれてたか・・スマンな・・・」業界を辞めて以来の黒いスーツ姿だと二人に話している

 

オレはケイが帰って来てから一度も彼の方を向く事も、声をかける事もしていない

「キヨチャンに良く似た綺麗なお母さんだったよ、俺が訪ねても驚くことも無く静かに対応してくれたよ。今まで遅くなった事の無い彼があの日・・

 うちの店から遅く帰った日・・・ご両親は心配はしていたけどキツク怒る事はしなくて、それどころか彼の口から

 〃お父さん、お母さん、今日はねとっても楽しかったよ。まだまだ僕は知りたい事がたくさんある・・・心配かけるかもしれないけど信じててね〃

 それまでは自分から未来の事を語らなかった子が嬉しそうに話してくれたって・・・お母さんは泣いていらした。

 彼が音楽の道を目指していた事も知らなかったって、ウチの店でキーボードを上手に弾いていましたと伝えると〃聞いてみたかったです〃

 次の日の朝、いつもなら自分で起きてくる彼が遅いので見に行くと・・もう・・・幸せそうな可愛い顔で・・・」

 

「・・・・もう良いよ・・・・」 オレはそう言うのがやっとだった

「もう・・・頼むから・・・」  声は涙になって途切れる・・・

----------------キヨチャン・・・・君の人生は楽しかったの?短い人生の終わりにオレと知り合えて幸せだったの?----------

「ウック・・・ヒック・・・オレ・・・オレは・・・・」

「ヒロ。・・・これ、お母さんから預かってきた」 ケイがオレの手元に一枚の紙を置いた

もう涙が溢れて溢れて何も見えない・・・それでも目を凝らして見ると・・楽譜??

「・・・・?」オレはケイを見た

「キヨチャンが眠る前にこれを書いていたらしい・・・・タイトル見ろよ・・・『HIROへ』」

それは書きかけの楽譜・・・音符が綺麗な旋律を奏でるはずの・・・途中で書く人がいなくなってしまった半分だけ書かれた楽譜

「・・・キヨチャン!!!・・・・・・」オレは楽譜を抱きしめて号泣した

「自分で作曲したのをヒロに歌ってほしかったんじゃないのか・・?お母さんが〃本当は息子が最後に手にした物だから手元に置いておきたいけれど

 清水はきっとHIROさんに持ってて欲しいんじゃないかと思います〃って俺に渡してくださったんだ・・・持っててやれよ」

 

「ヒロの声って凄いね」----------オレが「歌いたい」場所を探していたのを、オレが「歌いたい音」を探しているのを知っていて書こうと思ったの?

でも、もうオレに曲を書いてくれる君がいなくなってしまった・・・・もうオレは歌えないのかもしれない・・君への想いと一緒に閉じ込めてしまおうか?

「キヨチャン・・・・キヨチャン・・・・・」梅雨の時期の大雨は嫌いだ・・・オレの一番大事な思い出が雨の音と共に外に曝け出されてしまう

----------------キヨチャン・・・君の人生は楽しかったの?短い人生の終わりにオレと知り会えて幸せだったの?-----------

----------------どんなに待ってもその答えは君から教えてもらえる事は無いんだね-----------------------------------------

 

 

 

「ヒロ・・・?どうしたの?・・・・また泣いてる?   また思い出したんだね」

「・・・え・・?」大ちゃんの指で涙をすくわれて・・・オレは涙を流していた事を知った・・・

「雨だからだね・・・・ヒロはこの時期の大雨の音は苦手だね・・・いつも泣いてるよ」

「そう?知らなかった。だって寝てるから」無理やりの笑顔は張り付いたまま取れない

「また彼の事思い出したんだ」そう言って大ちゃんはオレの頭を抱きしめてくれた

 

彼の事は知り合った頃に大ちゃんに話した・・・だって・・・大ちゃんに初めて会った瞬間、そこに彼が立っているのかと思ったから

姿だけじゃなくて、オレが「歌いたい音」を持ってて、「歌う場所」も作ってくれていた大ちゃん

「いい声をしているね」・・・最初にそう言ってくれた・・・彼と同じ様にはにかみながら・・・

きっと彼が大ちゃんに出逢わせてくれたんだとオレは信じている-----------だよね?キヨチャン---------------

 

「クッ・・・」顔を見られないようにオレは泣いた・・・・

「バカだね・・・僕の胸では泣くの我慢しなくて良いんだよ・・素直じゃないね」優しく髪を撫でられてオレは嗚咽を漏らした

こんな雨の日には彼を思い出さずにいられない、最後のあの日に抱きしめた身体を・・・優しく奪った唇を・・・

 

「大ちゃん・・・今だけごめんね」今はキヨチャンを思い出させてね、だから謝っておこう

「ウン・・・でも今だけだよ。」不安そうにオレの瞳を覗き込むけど・・・

大切な人は時々思い出す・・・愛する人は思い出す時が無い・・・だって忘れないから・・・

 

 

******END******

 

 

うわ〜〜〜〜〜い、終わった!終わった!!!(T_T) いきなりパラレルだ〜〜〜〜〜みたいな。

私はパラレルは書けないので・・・みたいな・・・・感じ(^^ゞ 伝え切れなかったかもしれないけど・・・

ある部分を「おうおう〜〜」と、泣きながら書きました(T_T) そこまでしてもヒロと彼の話を書きたかったのです。

最後の一行はどっかからのパクリですね・・・またかい!?(^_^;  頭の片隅に残っていたんでしょうね。

   ↑ 判ってもチクらないでね〜〜〜私の心は繊細なの(ヲイ!!)     suika

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