◆◇dilemma◇◆





2004/08/14(T)【会いたい】


さっきからデジタル時計の表示が早くなっているような気がする

そんな錯覚さえ覚えてしまうこの切羽詰った状態

・・・・数時間前には予想もしなかった

「今晩、会える?」

ボクのハードスケジュールを気にしながらもそっと尋ねてくれる

「長い時間は無理だけど、ちょっとなら会えるよ」

「本当に?」

ヒロに会えるなら、たった5分でも良い

本来なら〃そんな時間無い〃って言わなきゃいけないんだけど・・・

マネージャーの顔見たって、スタッフの顔見たって、そう書いてある

「食事くらいなら出来るよ、大丈夫だから!」

仕事と恋は比べられない・・・

この手を離してしまった苦しさを数年前にイヤというほど思い知らされたから

それなのにどうしても終らないこの作業、待ち合わせの時間にはあと僅か・・・






2004/08/15(U)【迷いたい】


少し強引に食事の約束を取り付けてオレは通話終了のボタンを押した

「忙しいのは分かっているんだよ・・・・」

7枚のアルバム、SHOP、クラブイベ、ライブのリハ・・・・

大ちゃんじゃなきゃ、こんな毎日がこなせるわけが無い

今のオレが欲しくて欲しくて、でも届かないモノを全て持っている人

彼をうらやむ気持ちはこれっぽっちも無いけれど

身体中を苛むもどかしさはどうにもならない

思考が〃メビウスの輪〃状態になりかけた時

Pipipi・・・・

オレの携帯が怒っている

そう・・・オレは何故かその音が怒っているように思えた

ディスプレイを見ると彼のマネジャーからだった

『もしもし・・・ヒロ?』

「どうしたの?珍しいじゃん」

『長い付き合いだから単刀直入に聞くわ。何考えてるのか教えて欲しいんだけど』

「・・・・何考えてるかって?って言われてもね」

アベの声はかなり低い

何かに怒っているんだ・・・

  図星かぁ・・・






2004/08/16(V)【触れたい】


作業が進まないのは自分の責任

全て作り終えてから、あの一音が気になり始めた・・・それだけのこと

でも、気になったら他の音も気になって全てを書き治したくなる

エアコンの調子が悪くてスタジオの中が妙に生ぬるい

寒いくらいの温度に慣らされた体から汗が滲んでくる

「何とかならないかな!思考が働かない!!」

人間相手に気持ちをぶつける事は出来ないからモノに当たる

それも一番は自分自身が悪いのだから当たられるモノも気の毒だ

時間は刻々と過ぎて行く・・・努めて時計は見ない

それでも会いたい気持ちがカウントダウンを始めてしまった

〃ちょっと気分転換したい〃って、言ってみようかな?

心が白旗を揚げた

ドアを開けてマネージャーを探す

「・・・アベちゃん?」

部屋の隅で後を向いて携帯で誰かと話しているその背中にボクはただならぬものを感じた






2004/08/17(W)【届かない】


『はぐらかさないで・・・どうしてこんな忙しい時に〃会おう〃なんて誘うの?』

「どうしてって・・・・特別な意味は無いよ。会いたいから」

『ヒロに会う為の時間を作るのにダイスケがどれだけ無理するか分かっているのよね』

分かってるよ・・・痛いほど分かってる・・・アベちゃんが怒る気持ちも痛いほど分かるよ

「でもさ・・・忙しいからこそ、休ませてあげたいんだよ。ホンの少しでも・・・それでもダメかな」

『時と場合を考えて欲しいって言ってるの。別に今晩じゃなくても良いんでしょう?』

いつでも良いのなら誘わない・・・いつでも良い人じゃないから会いたいのに

「じゃあ・・・オレも単刀直入に聞くよ。アベちゃんは〃会うな〃って言いたいんだね」

『もちろん、ずっとじゃないわ。アルバムが一区切り付くとか、ライブツアーが終わるとか・・・そう言う事よ』

アベちゃんの言葉を聞きながら、知らず噛み締めていた唇から血の味がする

どうしてオレと彼はこんな風に距離を置くようになってしまうんだろう?

自分たちの感情とは別に・・・

いつかその距離が手も届かない、声も届かない、

何も届かない別々の世界に分かれてしまうのかもしれない

『ヒロ・・・?聴こえてる?偉そうに言いたくないけど・・・ダイスケの為だって分かって欲しいのよ』

「ねぇ?アベちゃん・・・・」

『何?』

「オレ達さ、ずっと離れた時間を生きて来たんだよ・・・一人でさ。

 自分で望んだ時間だったけどやっぱり寂しかった」

『・・・・知ってる。あの頃のダイスケは見ていて辛かったわ』

あの頃の彼の仕事の量は半端じゃなく、回りの人間は全員

〃いつか病気になる〃と思っていたと後々になって聞かされた

「だからもう大ちゃんの手を離さないって決めたんだ。きっと彼もそれを望んでるはずだよ」

顔を見たい・・・抱き締めたい・・・キスしたい・・・それだけじゃない






2004/08/18(X)【砕けたい】 


でも・・・・「今晩はダメ。マネージャーとして断わるわ。・・・じゃッ」

ボクがそっと近づくと、相手が一言二言告げるのを遮るように通話を切った

「アベちゃん?どした?ひょっとしてデートの誘い〜〜?」

「あぁ・・・・んっと・・・ヒロよ。今晩の約束をキャンセルして貰ったわ。完成していないでしょ・・・だから」

何?  何て言った?  ヒロに?   会えないの?  どうして?

「また連絡くれるって言ってたし、来週なら時間取れそうだから。ねぇ・・・我慢してダイスケ」

ひどく怯えた様子のマネージャーを久し振りに見たような気がする

あぁ・・・あの頃はいつもボクの顔色を見ていたね

ヒロと決別していたあの長い日々・・・・ボクは息をしているだけの心を持たない抜け殻だった

 人に曲を提供し   ライブを行い   衣装や髪を派手に着飾っただけの  モノだったね

再びヒロと手を繋いでボクはやっと人間らしさを取り戻した

なのに   また   そんな時間に引き戻されてしまうのかな?

ガシャ!!パリン!!

無意識にボクは机の上にあるものを手にとっては投げ始めていた

ガラス製のグラスや花瓶は粉々に砕けて部屋中に散らばった

鉛筆やメモ帳や書類はあちこちに飛び散った

「ダイスケやめなさい!!」

アベちゃんが声を上げ、近くにいたスタッフが飛んできてボクの手からガラスの灰皿をもぎ取る

「また・・・ボクらを引き離すんだね!」

ボクはそう叫んでスタジオのガラスのドアに頭からぶつかった

ガラスの割れる音  

女の子の叫び声  

髪から滴る血の生温さと鉄の匂い 

アベちゃんが駆け寄る靴の音

それらをスローモーションのように見たり聴いたりしながらボクは意識を失った

・・・ごめんね、ヒロ  ボク・・・また心が壊れそうだよ






2004/08/19(Y)【確かめたい】 


アベちゃんから一方的に切られた電話

『とにかく・・・今晩はダメだから。ヒロもよく考えてみて』


フゥ・・・・とソファに身体を沈み込ませる

今までならすぐに手が伸びていた筈のタバコが無い

「そっか・・・やめたんだよな」

そう思いながらやめた筈の指が自然とタバコの形を作ってしまっている

「空気を吸うんだから大丈夫」

苦笑いを零した途端にズキっと頭が痛んだ

「何だ?イテッ・・・・頭痛か?」

痛いのは頭じゃない・・・痛いのは心だ

結局、アベちゃんに言い切られてしまった

『会いたいのはヒロだけ、ただのワガママよ。ダイスケは優しいから断われないの』

そうじゃないんだ  きっと  これは  誰にも理解できない事

オレと彼の心と身体に通じるエナジー

言葉で確かめなくても見えなくても現実にソコに存在する

オレが「会いたい」と思う時は、きっと彼も「会いたい」と思っているんだ

彼が「辛い」時は、オレも「辛い」

だから無理矢理にでも話をする  それだけでまた元気になれるのに・・・

でも、それをアベちゃんに言って信じてもらえるほど人間がなっていない

・・・どうしようもないジレンマに心が裂かれそうだ


「イテテ・・・・!何もしてないのに・・・・イタい!」

転げまわるくらいの痛みを頭に感じてオレは座っている事さえ出来なくなった

大ちゃんに何かが起きている?






2004/08/20(Z)【泣きたい】


目を開けるとそこには薄暗く見慣れない天井

ボクの聴こえすぎる耳に届くのはいつもと違う異質なざわめき

「ココ・・・病院?」

そして、すぐに自分が病院にいなければならない原因を思い出す

ズキズキと疼く頭に手を触れてみる

傷の部分には分厚いガーゼ、その上からはネットが被せてあるようだ

伸ばした右手にも無数の擦り傷の跡が見える

左手は点滴の管が刺さっていて動かせない

「うわぁ・・・かなり無茶しちゃったみたい。みんなに迷惑かけたんだろうな」

他人事のように眉を潜めてしまった

これでは数日は仕事できないのだろう・・・

「バカみたい・・・・ごめん」

迷惑と心配をかけるマネージャーやスタッフや関係者や、家族に心の中で謝る


カチャリ

「起きた?」

「うん」

ベッドの脇にパイプイスを引き摺ってアベが座った

枕元だけをほのかに照らす灯りの下・・・・いつも元気なアベの顔色が白く見える

「ひどい顔してるよ・・・アベちゃん」

「なっ!?・・・ケガ人でもそれは許さないわよ」

「ボクのせいだよね。ごめんね」

「大丈夫、ダイスケがタフなのはよーーく分かったから。ケガも思ったより酷くないし・・・

今夜は点滴があと一本残ってるので泊まる様に言われただけ。明日には帰れるわよ。良かったわね」

アベが笑顔を見せてくれた・・・でもそれはあまりにも寂しげだった

「この事さぁ・・・誰にも言わない訳にはいかないよね?」

「それは無理よ。でも、〃階段から落ちた〃って事にする?本当の事は言えないから・・・」

「ハハハ・・・ありがちで笑えないよ。お母さんだけには心配しないでって念を押しておいてね。

 ・・・それから」

それから・・・・・の先がボクは告げられなかった

「ダイスケ・・・私が悪いのよ。どう謝っても許して貰えないでしょうけど・・・」

アベちゃんが話し始める






2004/08/21([)【飛びたい】 


ここまで一つも赤信号に引っかからなかった

「ラッキーー」

〃大ちゃんに何かあったかも?〃

そんな思いが頭から離れなくて、悩むくらいならとオレは車を走らせていた

アベちゃんは良い顔をしないだろうけど無事を確認したらすぐに帰るからさ

・・・・帰れるのか?

・・・・帰らないけどね


エレベーターを降りた瞬間から何か分からないけど心がざわついて仕方なかった

スタジオに続く廊下に点々と赤黒いモノが落ちている

何だろう?と思い開けたドアの向こうの景色は異様だった

元が何か分からないくらい粉々に砕けたガラスの破片が飛び散っているし、

机の上にあっただろうモノが全て床に落ちていた

「・・・凄いね。ココだけマグニチュード10くらいの地震が来た?」

オレの声に片づけをしていたスタッフの動きがフリーズした

「おはようございます」

業界特有の挨拶をして、スタジオの主の姿を探す

「!」

スタジオへのドアにはめてあったガラスが大きく割れて床に血溜りが出来ている

雑巾で必死で拭っているけれどなかなか吹き切れない量なのがオレにでも分かる

女性スタッフが駆け寄ってきた

「実は・・・・アサクラさんがケガをされて・・・今、病院へ行ってるんです。

アベさんから誰にも言わないでって・・・でも、タカミさんに黙っている訳にはいきませんから」

「病院・・・ドコ?」

身体中から汗が吹き出し・・・喉から声を出すのも辛い

「エ?えっと***病院です」

病院の名前を最後まで聞いていただろうか?

エレベーターなんて待っていられなくてオレは階段を駆け下りた

こう言うイヤな予感だけは見事に当たるんだ

そして急がなきゃいけない時は全ての赤信号に引っかかる

そんなもんだ・・・アンラッキーー


〃大ちゃんに何かあったらオレは・・・〃






2004/08/22(\)【伝えたい】  


「もう良いよ・・・アベちゃん」

それまでのいきさつを話し終えたアベがボクの腕にそっと手を置いている

その手が小刻みに震えるのを何故か安堵した心で見つめた

「ボクの事心配してくれていたんだから。ねっ。

 ホント端から見たら絶対働きすぎって思われるもん・・・ボクも思うもん。

 でもさ・・・やれることをやってるだけなんだよ。無理だったらアベちゃんも止めてるよね?」

「私・・・ヒロがダイスケを縛り付けてると思ってたの・・・でも、違うのよね」

「うん・・・ボクがヒロを独り占めしたいと思ってる。

 彼は自由な鳥だから捕まえておくのって凄い大変なんだよね。

だから、ボクは仕事を頑張ってるんだよ、彼が引き止めてくれるように何歩でも先を歩くんだ。」

手を伸ばして分厚いガーゼに触れる

「でも、この傷は戒めなのかな?」

大空を飛び回れないなら鳥である意味が無いのかもしれない・・・

ヒロはボクの掌に乗るのを望んではいないんだね

あの時はそう思って手を離したのに・・・

ボクは思う

どうしてヒロはボクを連れて大空を飛んではくれないのだろう


点滴の残りが少なくなったのを見てアベちゃんが枕元のブザーを押した

〃ハイッ、すぐに行きます〃

天井のスピーカーからナースの声が響く


いきなり・・・ボクは目の前の現実に戻された






2004/08/23(])【近づきたい】 


「えっと!あの!すいません!!さっきナースセンターで聞いたんだけど忘れちゃって・・・

ケガした金髪の・・・えっと・・・小さくて可愛い・・・・じゃなくて!ケガしてて・・・病室ドコですか?」

オレは前を歩いていたナースに声を掛けた

膝が抜けたジーパン穿いて、妙な花柄のシャツ着て、妖しげなサングラスかけて、

おまけに何を言ってるか分からない男に声を掛けられた彼女は目を真ん丸にしている

それでも病院ってのはそんな変な人間も珍しくないんだろうな

「あぁ・・・その方ならこの病室ですよ」

ニッコリ笑ってちょうど立ち止まった部屋を指し示してくれた

「それから、夜も遅いのでもう少し小さい声でお願いしますね」

「スイマセン」

頭を下げて病室のドアをノックすると〃どうぞ〃と返事があったのでそっと中に入る

思ったより元気の良さそうな大ちゃんとアベちゃんが何故か笑っている・・・

何? 何? どした? オレ・・・変?

「ホラッ・・・大事な鳥が空を飛ばずに走って来たわよ」

アベちゃんが大ちゃんの方を見て大笑いしている

・・・・鳥?


アベちゃんが立ち上がって椅子に座るように勧めてくれた

いつもならそんな恐れ多い事出来ないけど、今だけは大ちゃんの近くにいたいので素直に甘えてみる

「早いわね・・・スタッフから連絡行ったの?」

「オレさ何でかわかんないんだけど頭が痛くて・・・で気になったんでスタジオ行ったらさ〜〜〜

中が凄い事になっててビックリしたよ       アレはアベちゃんがやったの?」

「何でよ!何で私なのよ!」

怒りまくってるアベちゃんはほっておいて・・・


「大ちゃん・・・・良かった。想像よりうんと元気そうだから安心した」

「ヒロ。何でこうなったか聞かないの?」

そんな儚げな瞳でオレを見ないで・・・辛くなるから

「いつか教えて・・・それまでは何も言わなくていいからね」

大ちゃんは〃うん〃と頷いて動かせる右手で顔を隠した

多分・・・涙を隠しているんだろう

ココが病室でなくて側にアベちゃんがいなかったら思い切り抱き締めてあげるのに

「ヒロ」

大ちゃんがオレの頬を撫ぜてくれた

「会いに来てくれてありがとう」

その右手の甲にオレは口づけをする

「何?」

「いつでもオレを呼んで・・・大ちゃんが望むなら命投げ出しても会いに来るよ」



〃ハァ〜〜〜〜〜〃

背中に聞こえるアベちゃんの盛大な溜め息は無視しよう


「会いたい」「会えない」

「信じてる」「信じてない」

「愛してる」「愛してない」


オレ達はそんな【ジレンマ】に支配されない



*****************************************************END


suikaさんが日記に連載していたものを纏めてみました♪

流花


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