幸せのcolor

幸せだった時間はあまりにも短くて、ボクは今も君の後ろ姿を追いかけている。

あの頃のように笑いあえる日々はもう来ないのだろうか?



肩に落ちた薄桃色の小さな花びらを指先で摘む。

「そっか…桜の時期なんだね」

その小さな花びらは悪戯な春風に浚われまいとしっかり指につかまりながら儚げに震えた。

こんなものさえ生を慈しんでいるというのに…


あなたに会いたい。

会って想いのたけをぶつけ、泣きたくて、甘えたい。

‘帰って来て’

そう縋れたら明日からの世界は色を変えていくのに。

負けず嫌いのボク等は弱音も吐けずに、立ち竦むしかないんだ。

でも……

ボクは知っている、いつかまた君に会える。

ずっと…ずっと…愛しているよ。






これからは1人でやっていくんだと、自分で自分を奮い立たせる。

ココで負けてしまったら…何の為に彼と離れてしまったのかわからなくなる。

それなのに、どこに行っても、どんな番組に出ても 彼と組んでいたユニットの話になってしまう。

そんなに浸透していたのかと自分が一番驚く。

ソロになるって事はそういう積み重ねだ

すべてが想像通り運び、やりがいがあると思っていた。

「ヒロも低い声活かしてみようよ」

第三者から見て変えられていくオレは希望に満ちているはずだ

「良いですね、ゼヒやりましょう!」

異論があるはずがない

高音がいつまでも続かないのは分かっているから。

彼が誉めてくれた高音は思い出と共に封印しよう。


……ナニモカモウマクイカナイ


やりたい事を真っ直ぐに押し進めるのはなんて大変なんだろう

この世界の厳しさをオレは思い知らされた。

「でもさ…オレは今のスタンスを変える事はしたくない。 いつか、きっと…」


「大丈夫…大丈夫」


ただ慰めるだけの言葉はなんて空虚、誰もそんな言葉は欲しくなかった。

心が段々錆びていく






『大ちゃん…ココは深くて暗い海の底

何も見える筈がない世界なのにオレの目に大ちゃんだけが見える

やっぱり…大ちゃんがいないとダメかな』


「待ってて、今助けてあげるから!ヒロ!!!」




「ヒロ!!!!」

自分の叫びで目が覚める。


まただ…

またヒロを助けられなかった。


あの別れから何年経っただろう

それなのに、今でもこんな夢を見る。


彼がどんな活動をしているかくらいは分かってはいても、自分の仕事が忙しくなると見失ってしまうんだ。


時間は残酷だ。 忘れたくないのに少しづつ君の笑顔が薄れてゆく。


「…ヒロ」

今、彼が苦しんでいる筈ないのに、どうしていつもこんな夢を見てしまうのか。

そう言えば、ライブがあるらしい

こっそり観に行こうかな。 ビックリするかな?



マネージャーから向こうのスタッフに連絡をつけ、彼に内緒で袖から見せて貰える事になった。

ライブハウスだからフロアに居る訳にはいかない。

会場に向かう車の中、楽しみなのに…数パーセントの不安を感じる。

「大丈夫…あれはただの夢なんだから」


ボクじゃなきゃダメだなんてのは錯覚だ……


並んでいるファンの子達を横目に見ながらボクは地下駐車場まで車ごと滑り込んだ。

…こんなにボク達の距離が近い。






誰に向かってオレは歌っているんだろう?

そんなの分かっているさ、応援してくれるファンの為じゃないか。

オレが気持ち良く歌い上げれば彼女たちも気持ち良くなってくれる。

オレが望むのは‘一体感’だ。

気持ち良すぎてイッてしまうくらい…

今夜のライブも最高だった。


ステージから捌けたオレをスタッフが拍手で迎えてくれ、口々に誉め讃えてくれる。

「ありがとう!みなさんのおかげで大成功でした!」


嬉しくて嬉しくて仕方ない筈なのに…

‘次のライブは何時になる’

胸の片隅で常にくすぶり続けるあてどない疑問。

それに答えはない。

「ヒロ良かったよ」

マネージャーが差し出すミネラルウォーターを一気に飲み干した。

「定期的にこんなライブが出来たら、もっと最高なのに」

「そんな時がきっと来るわよ」

マネージャーからの慰めはオレの耳を掠めただけ。


楽屋に戻りオレはテーブルの上にあるものに気づいた。

色とりどりの綺麗な花が盛られた、可愛いくてセンスの良い花籠がそこだけ春の日差しのように華やいでいた。

「可愛いね…誰から?」

「あっ、それは…」

「ハヤシさんも知らないの?」

「ヒロ…黙っていて欲しいって言われてたんだけど、実は今夜のライブね・・・アサクラさんが見に来ていたの。」

「…大ちゃんが?! どうして言ってくれなかったんだよ! 今、どこにいるの?」

「すぐに帰られたわ、ヒロによろしくって」

きっと…後を追っても無駄だろう。

オレは花籠に添えてあるカードをひろげた。既製品ではなく、彼のクセのある文字が並んでいる。


【ヒロへ・・・・・・久しぶりにヒロの歌声が聴けて凄いうれしかった。 またボクの曲歌ってください】


「大ちゃん……」

…こんなにも君との距離が遠い






会いたかった…

一目でも彼の顔を見たかった。

一言だけでも話したかった。


照明の落とされた舞台に立つシルエット、肩が少し上下して呼吸を整えているのが分かる。

これから爆発する瞬間を待つダイナマイトのような熱を感じた。

歌うステージ上の彼にファンが恋をしている。

そこに存在するのは濃密な空間。


彼の声はボクの心に響き渡り身体の隅々まで犯していく。

踊るファンを目の当たりにしながら、指一本動かせずボクは彼を見つめ続ける。

その息づかいすら忘れないように。

唇がゆっくり語る。

…ヒロ、愛しているよ

それでもボクは思った。

まだ会う時期じゃないと、胸が裂かれるような決断をした。


ラスト前に彼のマネージャーに近寄り声を掛ける。

「今日は無理を聞いて貰いありがとうございました。

久しぶりにパワフルなヒロを見て嬉しかったです」

「こちらこそ…お忙しい中、来て頂いてありがとうございます。 彼に内緒にして後で怒られそうな気がします。

アンコール終わったらすぐ楽屋に戻りますのでお待ち頂けますか?」

「いえっ…すぐに戻らないと。 コレを渡して貰えますか?」

ボクは小さな花籠を彼女に手渡した。

「アサクラさん…会ってあげて下さい。 励みになると思うんです…お願いします」


「ごめんね…」

ボクはステージの歓声を背中で聞きながら歩き出した






「ミュージカルのオーディション!?」

朝、事務所に着くなり告げられた話にオレは少なからず動揺した。

そのミュージカルは前年、高名な演出家と斬新なキャストで発表されて喝采を浴びていた舞台だった。

かなり話題になったので、オレも‘機会があったら見たい’程度の関心はあったけれど…

…まさかね

次回は主要キャストを替えて発表したいと言う演出家の意図で各事務所へ打診があったらしい。

「面白い話だろ?オーディション受けてみないか?」

暗に今仕事選んでいる場合じゃないだろうと言われている気がする。

「前のに負けない舞台を作りたいと○○さんも力強く仰ってるんだ。これに出られたら凄いと思うだろ?」

オーディションに行くのを渋っていると思われているのか、それともライトな挑発してるのか。

…別にごねているんじゃない。そこにチャンスがあれば飛び込むのも怖くはないし、今は‘一匹狼’をやるのにも疲れてしまった。

「やりますよ。絶対、主役とります」

確信のない自信だけはある。



「これオレが踊るの!?」

参考にと渡された前の舞台のビデオ、そこに広げられていたのはダンスの洪水だった。

「人間技じゃないよ…」

自信満々なオレも頭を抱えたくなる。


数日後、見事オーディションに合格したと、同時に過酷な練習の日々が始まった。


…それも良いことだ

心に隙間が無ければ何かを悲しむ事も、何かに苦しめられる事もない。

きっと、誰かを思い出す暇もない…




今にも大粒の雪が舞い降りてきそうな寒い朝

文字通り目が回るくらい忙しくて、やっと取れた休憩時間

ふと、一冊の雑誌を繰る手が止まる。

…神様はどんなときでもボクに彼を忘れさせてはくれないらしい。

「ヒロ…」

話題のミュージカルが新しいキャストで上演されると言うグラビアの中で、演出家と共演者とともに中央で微笑んでいたのは…

愛しい彼だ。

「ミュージカルやるって…どうして黙ってたの?」

…いちいち、ボクに報告する義務なんかないか。

苦笑しながら写真の彼をそっと撫でた。

「頑張ってね」

回りがざわつく声に我に返る。

窓の外を見やれば、とうとう雪が降り出していた。

「積もるのかしら?」

通勤帰りの足元が濡れるのを心配したスタッフが眉をひそめた。

きっと…ヒロは稽古場に車で行っているんだよね。

「道路大丈夫かな?」

いつまでもボクは彼に甘い…

舞台がいつから始まるのかを記憶しながらボクは雑誌を閉じた。 意地でもこの舞台を観に行く為にマネジャーを説き伏す覚悟をした。




「アベちゃん」

「何? 今の仕事がいつ終わるか知りたいの?」

「行って良いよね」

「ダメ」

「だってさ…もう舞台始まっているんだよ!いつになったら観に行けるの? 分かった…もう良い。 明日の午後から時間貰うからね」

「…自分で自分の首絞める覚悟があるのね」

「構わないよ」

ヒロの勇姿を見たい…それだけなのだから。






「元気だった?大ちゃん」

その一言だけを言うのに随分と長い時間を費やした気がする。

「外、すごい雪降っててココに来るまでに雪だるまになっちゃったよ」

「ホントだ」

「ヒロ、ひどい」

そう言ってオレ達は懐かしいような、初対面のような気恥ずかしさで笑い合った。

頭や肩にまだ溶けきらない雪を乗せたまま、君は楽屋を訪ねて来てくれた。

ずっと会いたかった、伝えたい事は無限にあるような気がしていたのに…

何も言わなくても全てがわかる。 オレ達は瞳で理解していた。

「大ちゃん、舞台2時間以上あるよ。 ちゃんと見ていられる?大丈夫?」

「あれ?ボクそんなにこらえ性無かった? 今はオペラやバレエとか観に行ってるよ」

「それは凄い進歩だね」

「…バカにしてる?」

「いやいや…感心してる。 じゃあ、ちゃんと見ててよ」

「途中寝てしまったらごめんね」

「…大ちゃん?」

「ウソだよ」

軽口もキツい冗談もポンポン出る会話に、端から見ていると6年も会っていなかったなんてのは、きっと嘘だと思われているだろう。


共演者に挨拶する大ちゃんを見ながら、まるで身内を紹介するようでオレは少しくすぐったかった。

「頑張ってね」

「OK!」

2人手を上げ…

大ちゃんは客電の降りた暗闇の中、自分の席へ

オレは共演者がスタンばっている舞台袖へ


大きく息を吸うと胸に暖かなモノが流れ込む。

久しぶりに会えた嬉しさと、幕が開いた瞬間に君と見つめ合うだろう予感


…また会ってしまったね






ヒロの美しい高音が会場中に響いて、やがて静かにボクの身体に沁み渡っていく。

何度同じ夢を見ては涙を流しただろう。

君に会ってボクは確信した、海の底から助け上げられないならボクがソコに落ちて行くから…

もう離れないでいようね。

ふいに…舞台の君の声が途切れた。

数メートルを隔てた距離をボク達は見つめ合ったまま君が滲んでいく。

泣かないで…ヒロ。

ボクの為に笑って。

今すぐに心ごとヒロを抱きしめたい






大ちゃん…

大ちゃん…

大ちゃん…


幕が開いた瞬間、君の姿が飛び込んで、もう一秒も目を逸らすなんて出来ない。

歌い上げたバラードが過ぎ去ったあの日を思い出させ、オレの中から湧き出てくる君への愛しさで頭の中が空っぽになってしまった。

オレの失敗は素晴らしい共演者に助けられ、無事に終わる事が出来た。



「すいませんでした!」

オレが平身低頭に謝っている所に大ちゃんが駆け込んでくる。

「とても素晴らしい舞台でした、ありがとうございます」

アサクラさんはヒロの保護者みたいですねぇ…と笑われ、オレは照れた。




食事でもと誘うと、仕事中を抜け出してきたから戻らなきゃいけないと言われた。

それでも…お互いにすぐに別れる気にはなれなくて。


「何か…みっともないトコ見せちゃたね」

「ううん、すっごいカッコ良かったよ! それに情けない感じのヒロが可愛いかった」

「そう?」

「ヒロの声の高さも上手さも変わってない…嬉しかったよ」

「大ちゃん…」


次はいつ会える?と喉まで出掛かっているのに言葉にするのが怖い。

君が戸惑う顔は見たくなかった。


「じゃあ……もう…帰らないと…」

「大ちゃん…また会えるよね?このまんまじゃないよね?」

気が付くとオレは大ちゃんを抱きしめ、柔らかいファーコートの下の華奢な身体を確かめていた。

埋めた首筋からふんわりと甘い香りがたち登りオレを包み込む。

「ヒロ…」

「ごめん」

「会えるに決まってる…すぐに連絡するから食事行こうね」


オレは淋しい訳じゃない。 仕事も私生活だって充実しているし仲間にも恵まれている。 足りないモノなど何もないと思っていた。

…君に再会するまでは。


「大ちゃん…」


「また、ボクの曲で歌ってくれる? ヒロの声を一番近くで聴いていたい」

「もちろん」


運命とか奇跡とか何とでも勝手に名付けてくれ。

この出会いは最高で最悪で偶然で必然。

幸せに色があるならそれはきっとひとつじゃない

ふたりで見た事ないcolorを作っていこう


◆◆◆◆◆完


終わりました〜
今回はエッチどころかキスもしておりません(;^^)ゞ
切ないのを目指しました♪
(エロが苦手の言い訳か?)
次はエロエロだぜ!←本当かよ!
誰も読みたくないよね_| ̄|●


suika
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