*** すべて貴方の意のままに ***

 

 

今日はラジオの収録日。

直接、収録スタジオに行くこともあるけれど、アベさんからの呼び出しで事務所の方へ寄ることになった。

なかに入ると、いつもよりスタッフも多いみたいで、少しざわついた雰囲気だ。

アベさんの姿を見つけて、頭を下げる。

『あ、イトウくん、ごめんね〜、こっちでちょっと用事があったものだから』

『いえ・・・なんか人多くないですか?』

周りを見回している俺に“面接なのよ〜”と笑うアベさんの顔が微妙に歪んでいる。

『面接?』

『うん、ほら秋に高橋くん、辞めちゃったじゃない? 正直人手が足りないの』

あぁ・・・そうか。 音楽機材にそこそこ詳しくて、出来れば若い子がいい・・・とか、以前アベさん言ってたよなぁ。

『条件に合う人、見つかったんですか?』

『まぁ・・・・ねぇ・・・・』

苦笑いするところをみるとダメなのかな。

『ほら、最終的にダイスケが面接するから・・・今まで2人、落ちてるの』

話を聴くと、一人は犬嫌いで引っかかたらしく、もう一人は・・・・

『生理的に嫌っていうのよ』

なんだそりゃ? でもわかる気もする。

何が悪いってこともないのに、肌が合わないみたいなことってあるから。

結局、残りはあと二人。 これが終わってから収録スタジオ入りの予定なんだそうだ。

『ごめんね、すぐ終わると思うから、その辺に座って待ってて。 あ、よかったら面接見てく?』

ダイスケが奥にいるから・・・・と、俺の返事も聞かないままにドアを開ける。

どうしようと躊躇していると、奥の部屋から声がかかった。

『あれ? イトウくん来てたんだ。 こっちくれば?』

その声に誘われるようになかに入ると、テーブルの上の書類を見ながら大ちゃんがソファにちんまり座っている。

『二人も切ったんだって?』

からかうように言うと、大ちゃんも笑って応える。

『だぁってさ〜、やっぱりいっしょに働くんだから気が合うほうがいいと思わない?』

音楽的なことに関しては、スタッフが事前にチェックしてあるので何も問題はないらしい。

面接というより、最終的なアサクラチェックといったところだろう。

俺が少し離れた位置に座ると、アベさんが次の人を呼び入れた。

背の高い・・・といっても俺よりは低いけど、20代前半の青年が入ってきて、大ちゃんに頭を下げると正面に座った。

萩原と名乗った彼は明るそうだし、大ちゃんの質問にもハキハキ答えてて・・・・

『犬、大丈夫? 年中一緒にいるけど』

『はい、大好きですから!』

その答えに、にっこり笑う大ちゃんを見て、決まりかな?と思う。

『僕の曲は、聴いてもらってるよね?』

『もちろんです。T*Rで初めて聴いて、すごく好きになってCD全部買いました』

おぉ、すごいねぇ。 俺、i*cmanのメンバーなんだけど・・・気付いてないか・・・。

『ありがとう・・・ニシカワくんのファン?』

『はい。もちろんアサクラさんの曲があってこそ、だと思ってますけど・・・T*Rの声も好きなんで・・・・』

『あ、そうなんだ? ニシカワくん歌上手いよね』

『はいっ』

『A*Sはどう?』

大ちゃん・・・・もしかしてそれが一番聴きたかったのでは?

『・・・A*Sですか? もちろん曲はいいと思います』

曲は・・・って・・・萩原くん、曲だけ? ほら、大ちゃんの顔が微妙に曇ったような・・・・・。

『曲はってことは・・・あとは好きじゃないの?』

『あの・・・A*Sはボーカルがあまり好きじゃないんです。声の質とか、歌い方とか?』

うわ、爆弾踏んじゃったよ。 アベさんが小さくため息をつくのが聞こえた。

『そうだね、人それぞれ好みってあるもんね』

しかし、大ちゃんは動揺することもなくにこやかに応対している。

そうそう、大ちゃんだって大人なんだし・・・・少なくとも萩原くんは大ちゃんのファンなんだから。

『ただ、僕はヒロの声大好きなんだけどね・・・・・・あ、アベちゃん次の人呼んでもらえる?』

あらら・・・・大ちゃん、それは大人げないのでは?

アベさんが “結果は後日・・・・” とか言って萩原くんを部屋から送り出してるんだけど大ちゃんはそちらを見ようともしない。

また切っちゃうの? と、目で問いかければ苦笑いしている大ちゃんと目が合う。

うーーん、自分でも大人げない自覚はあるんだね。

そして、最後の青年の名前が呼ばれて、そちらを見ると・・・・あれ? どこかで見たような・・・・。

 

さっきよりも、随分小柄なその青年は、岸本と名乗ってにっこり笑った。

あ! そうか、大ちゃんに似てるんだ。 

俺と出会った頃の・・・・いや、もっと前かな・・・・まだあどけなさが残っている感じだ。

大ちゃんは、何も感じていないようで、さっきと同じような質問をしていたけど・・・

『犬ですか? 大好きです。家でもシベリアンハスキー飼ってますから』

『アサクラさんの曲はみんな好きです! 特にA*Sが好きで、ライブも見に行ってます』

これには、大ちゃんも上機嫌で、いつのライブ見てくれたの? とか どの曲が好き? と、話が弾む。

今度こそ決まったかな・・・・アベさんを見ると彼女もほっとした顔で俺に笑いかけてくる。

その時、テーブルの上に置いてあった大ちゃんのケータイが鳴り出した。

面接中だから出ないだろうと思ってたら、嬉しそうに手に取る大ちゃんを見て、あぁ、タカミさんか・・・と思う。

『はい・・・・うん・・・いいけど・・・・え? 下? 今? 嘘! ちょっと、待って!』

ケータイを持ったまま、立ち上がると、ドアを開けてスタッフに声をかけた。

『アニーたち、すぐ別室に移して、ヒロが来るからっ・・・・・あ、ヒロォ、オーケーだよ、待ってるね』

ええ〜〜? 面接は? ラジオの収録もあるんだよ?

『ちょっと、ダイスケ、どういうこと? ヒロ何の用なの?』

アベさんの質問はごもっとも。 面接中の岸本くんにも失礼でしょう。

が、その岸本くんも嬉しそうな顔で、椅子から立ち上がった。

『タカミさん、来るんですか? やった〜』

その嬉しそうな顔も、やっぱりどこか大ちゃんに似てると思う。

3分後に、にこやかに挨拶しながらタカミさんが入ってきた。

まず大ちゃんに微笑んで、俺にチラッと目礼して、アベさんに苦笑いを見せる。

『たいした用じゃないんでしょ? さっさと済ませてね。 これからラジオ録りなんだから』

『はーーーーい』

アベさんのきつい言い方にもビクともせずに笑っていられるって、すごいよ、タカミさん。

 

『大ちゃん、これ、ずいぶん前に買ってたんだけど渡す機会なくて、ずっと車に積んでて・・・・・』

彼は、手に持っていた紙袋を大ちゃんに渡した。

なんだろうと、期待いっぱいの顔で大ちゃんがタカミさんを見上げる。

『開けてもいいの?』

『もう、思う存分開けちゃって』

おどけて言うタカミさんに笑いながら大ちゃんが紙袋に手を入れて引っ張り出したのは・・・・

『帽子? わぁ、可愛いねぇ・・』

グレイに淡いピンクのチェック柄のそれを大ちゃんはいとおしそうに見ている。

『被ってみて』

そういいながらタカミさんは大ちゃんの手から帽子を取り上げると浅く頭に被せ、少し後ろに下がって大ちゃんを見つめた。

『うんっ、やっぱり似合うよ』

タカミさんの満足そうな微笑みに大ちゃんも、ちょっと照れたように笑う。

『ありがと、ヒロ。 大切にするね』

二人見つめ合う姿は、微笑ましいのを通り越して・・・・直視できない恥ずかしさがあるんだけどね。

そこに、大きな咳払いと共にアベさんが割って入った。

『ダイスケ、面接中だってこと憶えてる?』

アベさんの視線の先にいる岸本くんは、目をキラキラさせてタカミさんを見ていた。

その岸本くんを見て、タカミさんがちょっと驚いたような顔をしたのは・・・・やっぱり?

『え・・・と、ごめんね。 結果は後日連絡するから・・・』

大ちゃんの言葉に頷きながら、帰りかけた岸本くんがタカミさんの前で立ち止まった。

『あの・・・ファンなんですっ。 握手してもらっていいですか?』

タカミさんは、この子誰?って視線を大ちゃんに向けたけど、握手には快く応じた。

『あのね、新しいスタッフの・・・・今、面接してたとこだったんだ』

大ちゃんが言うのに、あぁ・・・と頷いたタカミさんは改めて、興味深げに岸本くんを見ている。

『もしかして、大型犬が好き?』

『はいっ』

タカミさんの突然の質問にびっくりしながらも嬉しそうに答える岸本くん。

『ふぅ〜ん・・・ディズニーランドは好き?』

『ディズニーランドですか? たまに行きます・・・』

『カニクリームコロッケは好き?』

『は?・・・・・まぁ・・・好きですけど・・・・』

何を言い出すんだって顔をしてるのは、岸本くんと大ちゃんだけ。

俺とアベさんは、その質問の趣旨がなんとな〜くわかったけれど・・・。

 

『採用になるといいね〜』

そう微笑って、岸本くんを送り出したタカミさんに大ちゃんが詰め寄る。

『なんなの? ディズニーとか、コロッケとかって・・・』

『え? だって大ちゃんに似てたから好みもいっしょなのかなぁって思っただけ・・・』

『・・・・似てるって・・・・僕に?』

大ちゃんは不思議そうにタカミさんを見上げる。

『あれ? 気付かなかった? 似てるよねぇ?』

俺とアベさんを交互に見ながらタカミさんが同意を求めるので、二人でうんうんと頷く。

『そっ・・・・かなぁ・・・・どこがぁ?』

あくまで認めたがらない大ちゃんに “どことなく雰囲気が・・・” とみんなで曖昧に答える。

だって本当に、どこって言えなくて・・・・・でも大ちゃんっぽかったんだよね。

 

『採用するの?』

『ヒロはどう思う?』

質問に質問で答える大ちゃんにタカミさんは困ったように笑ってたけど・・・・

『オレが決めることじゃないでしょ』

『ヒロの直感ではどーよ?』

『うーーーん・・・・いいんじゃない? 可愛い子じゃん?』

可愛いとかが決め手ですか? タカミさんらしいけどね。

『そう?』

『うん、だって大ちゃんに似てるから可愛いでしょ? 厳つい男がいるよりもスタジオが華やぐかもよ』

そういって笑うタカミさんに他意はないと思うんだけど、恋する乙女は疑心暗鬼だよ?

『ごめんねっ、華やかさがないスタジオでっ』

冗談っぽく拗ねてみせる大ちゃんにタカミさんが慌てて “いや、大ちゃんには違う魅力が・・・” とかなんとか・・・。

『もう、いい加減にしてっ。 ラジオ遅刻しちゃうわよ!』

アベさんの一声で、みんなジャケットを引っ掛けて駐車場へ向かった。

 

ここで別れてしまうタカミさんと別々の車に乗り込みながらも、名残惜しそうな視線を投げる大ちゃんが、なんか可愛い。

そして、そんな視線に気付いたのかタカミさんが車から飛び降りてこちらへ走ってくる。

それを見た大ちゃんも車を降りて彼のほうへ小走りに駆け寄る。

先に車に乗り込んだ俺は見ちゃいけないと思いつつ、横目で伺ってると、二人は一言二言交わして・・・

タカミさんが大ちゃんの肩を抱くようにして、その髪にキスをした。 ああいうのが様になる日本男性って少ないと思う。

蕩けそうな顔で車に乗ってきた大ちゃんを見て、アベさんが思いっきりアクセルを踏み込んだ。

 

『ねぇ、大ちゃん・・・』

『なぁに〜』

なんか、機嫌いいなぁ・・・・・タカミ効果か・・・・。

『あの岸本くんって子、採用するの?』

『あぁ・・・・・』

あれ・・・機嫌よかったはずなのに、口が重いのは何故。

『不採用に決まってるでしょ』

大ちゃんの代わりに運転席のアベさんが答えてくれたけど・・・

『え? 決まってるって・・・・なんで?』

大ちゃんの顔を見ると、彼は気まずそうに窓の外に目を向けて答えてくれない。

アベさんも笑ってるだけで教えてくれない。 なんだよ、気になるだろっ。

結局、不採用の理由をアベさんから聞き出したのは、その日の収録後、彼女と二人きりになる機会があったときだった。

 

『だって、何も問題なかったでしょ? 犬好きで・・・・タカミさんのことも褒めてたし・・・あ、そのタカミさん本人が気に入ってたみたいだし・・・』

『そこよ、問題は』

『そこ?』

『気付かないの〜?』

意味ありげに微笑うアベさんを見て、しばらく考えて・・・・・あっと思い当たる。

『タカミさんが可愛いって言ったから?』

『まぁ・・・それも含めてかな・・・』

それもって・・・・・あとは何? 

アベさんが言うには、大ちゃんに似てるという岸本くんそれを可愛いというヒロヒロを取られちゃうかもという不安

そんな数式が大ちゃんの中に完成したのだろうという。

『そんな・・・岸本くんが女の子ならともかく、男ですよ? タカミさんが手を出すとは思えないけど・・・』

『そのヒロが男のダイスケに手を出しているのよ。 ありえなくはないでしょ? 少なくともダイスケを不安にさせるには

 充分な要素を持っていたわよ、岸本くんのあの容姿と態度は・・・・』

なるほどね。 確かに岸本くん、タカミさんに会った時嬉しそうだったし・・・・・・。

タカミさんも言ってたけれど “顔が似てると好みも似る” のかもしれない。

 

 

それから2週間後、採用の決まったスタッフは、タカミさんが間違っても手を出しそうにない厳つい男性だった。

 

 

 

 

---------- end ----------

 

 

 

イチャイチャもラブ度も低くて、ごめんなさい(^^;ゞ

なんとなく書いてしまいました・・・・・あっさり読んでください(苦笑)

                           流花

 

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