*** 幸せな朝 ***





『やっ・・・・あぁっ・・・・』

恋人の熱いもので満たされる瞬間が好きだ。

頭の中が白くなって、何も考えられなくなるから・・・・。

『ダイスケ・・・』

僕の名を囁く、その低い声も好き。

彼≠思い出さずに済むから・・・・。




この人と付き合い始めて、もう半年が過ぎようとしている。

同じ音楽畑、広い意味での社内恋愛。

恋愛・・・・なのかな。



彼≠ニ会わなくなって、僕の中から太陽が消えた。



彼≠ヘ僕の恋人ではなかったけれど、そばにいてくれるだけで幸せだったんだ。

いつかは離れていくだろうって思っていたけど、覚悟する暇も与えてもらえなかった。

いつまでも続く夜・・・・でも僕は生きていかなきゃいけない。

仕事して、仕事して・・・・それでも忘れられなくて・・・・

この人に縋ったからといって、誰も責めることはできないよね。

とても無口だけど、優しい年上の人。

僕の話を静かに聞いてくれて、たまに話す声は耳に心地よいバリトンで・・・・

何もかもが、彼≠ニは違ってて、それが僕を安心させた。

好きだと告白されて、戸惑いもあったけど素直に嬉しかったし・・・・

この人になら・・・・と、身も心も委ねられた。




『あ・・・あぁ・・もっ・・・と・・・』

身体中で、この人を感じながらいつも思うのは彼≠ノ抱かれたことがなくてよかったということ。

きっと比べてしまうだろうから・・・・。

彼≠ェどんな抱き方をするのかなんて知らないくせに、もし彼≠ノ抱かれていたなら

どんな男も色褪せてしまうだろうと言うことだけは、何故か確信があった。


だって、愛しているのは彼≠セけだから・・・・。


この人を好きな自分も本当だけど、彼≠ルど愛せることはないだろう。

きっと長くは続かない・・・・そんな想いで付き合っている。

僕の見えない赤い糸は誰と繋がることもなく、ふわふわと宙に浮いているのかもしれない。



『身体、大丈夫?』

セックスが終わると、いつもそう言うよね。

『大丈夫だよ。もう慣れたって・・・』

『そう? 仕事に差し支えないといいけど・・・』

微笑って、僕の頬を撫でる肉厚でふっくらした手。

ほら、こんなとこまで彼≠ニは違う、素敵だね。



眠れないままに、窓の外が明るくなっていくのをベッドの中でボンヤリ見つめている。

恋人と一夜をともにして迎える幸せな朝のはずなのに・・・・。

隣にある温もりが彼≠ナはないと心のどこかで認識してしまったら、もう耐えられなくて

すべての不満が、涙になって溢れてくる。

嗚咽が漏れないように、枕に顔を押し付けて泣いていたのに

それでも気付いてしまう優しい恋人は、心配そうに訊いてくる。

『どうしたの?』

何も答えず、泣き続ける僕を抱き寄せて背中を撫でてくれた。

『何がそんなに悲しいの?』



彼≠ェ、ここにいないこと。



僕の夜は、永久に明けないのかもしれない。







いつの間に眠ってしまったんだろう。

意識が戻って、目を開けるより早く温かい腕が絡みついてきて、それを無意識に払いのけてしまう。

ごめん、今は、触れられたくないんだ。

『大ちゃん?』

・・・・・え? びっくりして目を開けると、怪訝そうに覗き込む茶色の瞳がそこにあった。

『・・・ヒ・・ロ?』

掠れた声で名前を口にして・・・・・・夢を見ていたことに気がついた。

何年も前の、ヒロのいなかったあの頃の夢。

『どうしたの? 怒ってる? 無理させちゃった?』

心配そうなヒロに、僕は微笑って首を振る。

『ううん・・・ごめん、夢見てて・・・』

『夢? 夢の中で払いのけたのは・・・・誰の手?』

微かに嫉妬の混じった声音に、うかつにも狼狽してしまう。

『え・・・と・・・』

だめだ・・・ヒロみたいにうまい言い訳が思い浮かばない。

『いいよ、ごめん、大ちゃんの夢にまで干渉はしないって・・・』

微笑んで、僕をその胸にゆっくり抱き寄せる。



どうして今頃、あの人の夢なんかみたんだろう。

もう随分前に別れてしまったのに・・・・。


【もうすぐこどもの日だね】


夕べのヒロの言葉が蘇って、あぁ・・・と思い当たる。

5月5日は、あの人の誕生日だったことをその時思い出したっけ。

誕生日に何が欲しい?って聞いたら、あの人はこいのぼり≠チて答えて、二人で大笑いして・・・。

想い出に、ふっと胸が温かくなる。

あの頃、ヒロを思うたびにナイフで刺されるように痛んだ胸。

同じように思い出しているだけなのに、どうしてこんなに違うんだろう。



『大ちゃん?』

『ん?』

『恋人の腕の中で、他の人のことを想うのは反則だよ?』

ヤキモチ焼きの年下の彼は、ちょっぴり怖い顔で僕を睨む。

『そんなこと思ってないよ』

笑ってヒロの首に両腕を廻してしがみつく。

『ホントかなぁ・・・』

『ホントだよ。 いつだってヒロのことばかり想ってるんだから・・・・』

いつもいつも・・・・そう、あの人に抱かれている時でさえ、想っていたのはヒロのことだった。

どんなに激しく抱かれても、心が満たされることはなくて・・・・・なのに・・・

『う〜ん・・・信じてあげよう!』

そう言ってヒロが軽く唇にキスを落とすだけで、僕の心は幸せでいっぱいになる。

『ヒロ・・・だいす・・・き・・』


あの人は、とても優しくて、闇の中にいる僕をずっと抱きしめていてくれたけど

光をもたらしてはくれなかった。

でも、久しぶりに会ったヒロの笑顔を見たとき、凍り付いていた自分の心が溶けていくのを感じたんだ。

ヒロじゃなきゃだめだって思い知らされた。


『大好きなら・・・・もう1回いい?』

どんなに甘えた声を出しても、目つきが妖しいよ、ヒロ。

『さっき、2回もしたのに?』

『うん、今度は確認の意味で』

『確認?』

『夢の中の相手より、オレがうまいかどうか』

確認しなくてもヒロに決まってるじゃん。

でも、そんなこと言ったら夢に出てきた人のことを認めてしまうことになるから

『てか・・・・やりたいだけだよね?』

苦笑いして誤魔化した。

『う〜ん、やっぱりダメ? 大ちゃん、明るいの嫌いだもんね』

そう言われて初めて、部屋が明るくなっていることに気がついた。

『あ・・・もう朝なんだ・・・』

『そう、大ちゃんが30分くらい意識不明だった間に明けちゃった』

『意識不明って・・・・寝てただけでしょ』

いやいや、オレのテクニックがすごくて・・・・とか言い出したヒロに笑いがこみ上げてくる。

『本当にすごいかどうか試してみよっか?』

僕の言葉に、ヒロが目を丸くして見下ろしている。

『な〜に? やらないの?』

『あ・・いや、珍しいこともあるなって思ったから・・・』

いやならいいよ・・・・と言いかけた僕の口はヒロの熱い唇で塞がれる。

いつもなら閉じてしまう瞳を薄く開けてヒロを見たのは、ほんの少し不安だったから。

目を閉じてしまったら、ヒロに抱かれている今が夢になってしまいそうで・・・・。

『大ちゃん・・・・なんで見てるの?』

唇を離したヒロが不思議そうな顔をする。

『・・・・好きだから・・・・』

決して嘘じゃない僕の答えに、ヒロが嬉しそうに微笑んだ。

『うん、ずっと見てて、オレもずっと見てるから・・・』


カーテン越しの光のなか、微笑むヒロが眩しい。


僕の・・・僕だけの太陽は、今、ここにある。


永遠にくることはないと思っていた幸せな朝の中に僕はいる。





---------- end ----------


キリリク50000ヒットのあおいさまに捧げます。

私としては驚異的な速さで書きあがりました。

気に入っていただけると嬉しいのですが・・・。

流花

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