★★★ 織姫の願い ★★★
取材の仕事に向かう途中で、ダイスケの事務所のそばを通ることを知ったヒロが、寄っていこうと言い出した。
1時間くらいの余裕はあったので、すぐに許可は出たのだが・・・・・。
『ケーキ屋さん、ないかな? 見つけたら教えて、寄るから』
『ケーキ屋?』
『うん、なかったら花屋でもいいや』
後ろの座席のヒロをバックミラーで見ながら、ハヤシは首を傾げる。
『誰か、お誕生日? あ、何かのお祝いとか?』
『違うよ、いきなりっていうか、予定にない訪問するわけだから手土産は必要でしょ?』
なるほど・・・・ハヤシは素直に感心した。 そういう気配りは出来る人なのか・・・と少しヒロを見直したりしている。
もちろん、相手がダイスケだからという要素が加わっての「気配り」なのだが、幸いハヤシにはわからない。
そして、感心されたり、見直されてるなんて思ってもいないヒロはといえば・・・・・
海老で鯛を釣るように、ケーキもしくは花でダイスケを釣る計画を着々と立てていた。
結局、夏らしい小さなひまわりを使った花束を持参して、スタジオのドアを開けると、
あらかじめ連絡を受けていたダイスケが、ヒロの花束に誘われるように駆け寄ってきた。
『わぁ、キレイだねぇ・・・・』
もちろん、花ではなく、ヒロに誘われて駆け寄ってきたのだけれど、それを知っているのはダイスケ本人とヒロだけ。
『我ながらいいセンスだと思うんだよね〜、なんとなく大ちゃんっぽいでしょ?』
『普通、自分で褒めるかなぁ・・・・・どこが僕っぽいの〜?』
憎まれ口をききながらも嬉しそうなダイスケだが、スタジオには他の誰も見当たらない。
『アベさんは?』
ダイスケの隣には必ずアベの姿を見ていたハヤシが、意外そうに部屋を見回しながら訊ねた。
『あ、アルとアニーつれて、別の部屋に避難してるんです』
笑うダイスケに、避難なの〜? と、ヒロも笑いながら、持っていた花束をダイスケに渡す。
『今日なんかの日だっけ?』
ハヤシと同じようなことを言うダイスケに、ヒロはうーーーんと首をひねって・・・・・
『あ! そうだ、今日七夕だよね?』
すごいことを思い出したように、自慢げに言うヒロに
『だから、何?』
意地悪く微笑むダイスケ。 もちろんヒロも負けてはいない。
『彦星から、織姫へのプレゼント』
『・・・・・僕が織姫なの〜? 彦星のほうがいいな・・・』
ちょっと不満げなダイスケに、ヒロが両手を出す。
『じゃ、彦星さん、プレゼントちょーだい!』
『あ・・・・僕、織姫でいいや』
『うわ、ケッチー!』
大笑いしている二人を横目で見ながら、ハヤシが “ いつものように ” 小さな疑問を憶える。
男同士の友人が、お互いを織姫だの、彦星だの言うんだろうか?
或いは、仕事仲間のスタジオを訪ねるのに花なんかもっていくものだろうか?
しかし、ダイスケを見てると、花もケーキも織姫もあまり違和感ないような気がしてきて
ハヤシの疑問は “ いつものように ” 霧散してしまう。
『でね、そのCMがすっごく可笑しくって・・・・』
さっきから続けざまにヒロに話しかけているダイスケを見て、たまにしか会わないから話したいこともいっぱいあるのだろうと、
ハヤシは微笑ましい気持ちで眺めていたのだが・・・・・
『ねぇ、ヒロ、聴いてる?』
『ん? 聴いてるよ〜』
優しげに微笑むヒロだが、ダイスケは大きく首を振る。
『嘘だね、今、絶対聴いてなかった!』
『そんなことないって』
『こないだだって、そういって聞いてなかったじゃない』
『あれは・・・・大ちゃんが悪いんだよ・・・・あんな格好してるから』
『そんなの、半分はヒロが脱がせたんじゃ・・・・・・あ・・・』
急に言葉を止めて、ダイスケが横目でハヤシを伺う。
脱がせた・・・・・・・脱がせたって言ったの?・・・・・・・霧散したはずのハヤシの疑問が疑惑へと変わりかけたとき
『あっら〜、ハヤシさん来てたの?』
いきなり、場違いなほどの明るい声がして、ドアの向こうからアベが顔を出している。
『あの〜ハヤシさんだけじゃなくて、オレもいるんだけど・・・・』
そんなヒロをあっさり無視して、アベはハヤシと挨拶を交わしている。
『あ、私、ハヤシさんとそこの喫茶店で30分くらいお茶してくるわ・・・いいわよね?』
最初のはダイスケに、最後の言葉はハヤシに向けていったものだが、どちらも嫌と返事しないのがわかって言ってるに違いない。
ハヤシをつれて、スタジオを出るとき、アベは振り返って二人に意味深な笑みを投げた。
ドアが閉じた瞬間、ダイスケが大きく息をついて、ヒロを見る。
『ハヤシさん、変に思わなかったかな?』
『大丈夫だと思うよ・・・・・てか、アベちゃんに感謝だね』
ヒロの言葉にダイスケも苦笑いする。
『きっと、高くつくよ〜』
『かな? あ、その花、アベちゃんにあげようか?』
言われて、ダイスケは、まだ手に握っていた夏色の花束を慌てて後ろに隠した。
『これは、やだ』
『あーーー、やっぱり織姫はケチだ〜!』
『違うよ、だって、これは・・・』
ヒロが僕に選んでくれたものだから・・・・・と、拗ねるダイスケをヒロが花束ごと抱きしめる。
『わかってる・・・・・冗談だよ・・・・それは織姫が持ってて・・・』
やさしいキスを落とすヒロの背中に、ダイスケがしがみつくように両腕を回す。
『これからお仕事なんだよね?』
唇を離すなり、ダイスケが名残惜しそうにヒロを見上げる。
『うん・・・・・・大ちゃんは?』
『・・・僕も・・・お仕事だけど・・・』
『今夜は七夕だよ?』
いきなり言い出したヒロにダイスケがキョトンとする。
『願い事、聞いてもらえるんだよね?』
あぁ・・・と、頷いたものの、それがどうしたの?という顔のダイスケ。
『仕事終わったら迎えに行くから・・・・身体空けといてね』
『・・・・・それが、ヒロの願い事なの?』
『うん! 聴いてもらえる?』
『なんか・・・・あっさりっていうか・・・・安いなぁ・・・』
笑っているダイスケに念押しして、今夜のデートを取り付けたヒロが、今度はダイスケの願い事を訊ねた。
『急に言われても・・・・・思いつかな・・・・』
『ヒロが欲しい!・・・・とか?』
『・・・・・ヒロが言うなよ〜』
『じゃ、大ちゃんが言って!』
目をパチパチさせて、可愛くおねだりするヒロに苦笑いしながらも覚悟を決めてダイスケが呟くように言う。
『・・・ヒロが・・・・欲しい・・・』
『オッケー! これで今年一年、ヒロはあなたのものです!』
そういって抱きしめてくるヒロだが・・・・
『一年だけなの〜?』
ダイスケが不満の声。
『そう、来年の七夕になったら契約更新ね』
『契約制なんだ?』
笑い出したダイスケをヒロがもっと強く抱きしめる。
『ちなみに、契約料も戴きます』
えぇ〜! ケチな織姫が文句を言いだす前にヒロが小さく呟いた言葉で、ダイスケを黙らせてしまう。
“ 契約料のために、今夜は体力温存しといてね ”
さて、どんな契約料だったかは・・・・・織姫と彦星の ひ・み・つ。
そして、織姫の本当の願い事も、その小さな胸の中・・・・・・・・いつか叶いますように・・・・・・