お帰りなさい

 

 

仕事が終わって、珍しくどこへも寄らず、家路に着いたのは予感があったからかもしれない。

ヒロが玄関に入ると、そこに見慣れた靴を見つける。

しかし、奥を覗いても誰も出てくる気配はないし、電気も付いていない。

リビングに入って照明をつけると、床の上にたくさんの紙袋を見つけてヒロの口元が綻ぶ。

その紙袋の持ち主を探しに寝室へ足を運ぶと、ベッドの掛け布団の中から金色の髪が覗いていた。

傍によって、その髪を指でそっと掻き分けて愛しい人の寝顔を見る。

額にキスをしようと顔を近づけた時、パッチリ目を開けたダイスケと、吃驚顔のヒロの目が合う。

『あ・・・ヒロ、おかえり〜』

もそもそと起き上がって、ヒロの首に腕を回すと、ヒロも抱き返しながら、ただいまと耳朶にキスをする。

それだけじゃ不満ですって顔をしたダイスケにヒロは微笑みながら、今度は唇にキスを落とす。

ダイスケがパリに行って・・・・前後合わせて2週間は会っておらず、その空白を埋めるようにキスは深くて長かった。

ヒロの身体に火が付きかけた寸前を見計らったようにダイスケは身体を離して、ベッドから飛び降りる。

『お土産、買ってきたんだよ、見てっ』

リビングに駆けて行く後姿にヒロは苦笑いする。

どうやらダイスケは、今夜はその気がないらしい・・・と。

ダイスケの後を追ってリビングに行くと、彼は床に座り込んで紙袋をひとつひとつ並べている。

『これ・・・まさか全部オレに?』

『うん、どうして? あったりまえじゃない。ほらっ、開けてみて』

ヒロが少し呆れたようにダイスケを見ると、ダイスケが不安そうに見上げる。

『嬉しくない? 欲しくなかった?』

『え? 違う違う・・・』

ヒロもしゃがみ込んで、ダイスケを抱きしめた。

『ねぇ大ちゃん、お土産何がいいか訊かれた時に、オレがなんて言ったか憶えてる?』

ヒロの腕の中でダイスケが小さく頷く。

 

“お土産は元気な大ちゃんがいい。出来ればベッドとセットで”

“・・・・ヒロがそれでいいなら・・・・”

“ホントに?”

 

『・・・だから、ベッドの上で待ってたのに・・・・ヒロ、遅いから寝ちゃったよ』

少し拗ねたように言うダイスケが可愛くて、強く抱きしめる。

『あぁ、そっかぁ・・・、ごめん・・・・今からじゃやり直しできない?』

『だめ・・・・』

腕から抜けようとするダイスケに、怒ったのかとヒロが顔を覗き込む。

『怒っちゃった?』

『ううん、そうじゃなくて・・・もうすぐアベちゃんが来るんだよ』

『アベちゃん? どうして?』

今度はヒロが思いっきり拗ねた顔をするので、ダイスケが苦笑いを返す。

『そんな顔しないでよ。 お仕事。 ホントは今日も無理言って抜けてきたんだよ・・・すぐ戻るからって・・・。

 アベちゃんを説き伏せて、ここまで送ってもらったんだから。 多分、今頃この辺のどこかで時間潰してるんじゃないかな』

『急ぎの仕事?』

諦めの悪いヒロが食い下がる。

『うーん・・・・明日が締め切りの原稿があって・・・・』

『締め切りって延ばせるよね?』

『ヒロォ〜? 駄々っ子じゃないんだから・・・』

『だって、久しぶりなのにさ・・・・パリの話も聞いてないよ?』

尚も食い下がるヒロにダイスケの心も揺らいでいるのだが・・・・・

『だって、アベちゃんに迷惑かけるのも・・・ね?』

そんなダイスケの声は小さくて、ヒロのそばにいたいのは明らかだ。

その時、テーブルの上のバッグの中でケータイが鳴った。

ダイスケはケータイを取り出すとアベの名前を確認して・・・・・しかめっ面のヒロを見上げて苦笑いする。

電話に出ようとボタンを押したとたん、ヒロの手が伸びてきてダイスケのケータイを取り上げた。

『ヒロッ?』

『あー、もしもしヒロだけど・・・・・うん、いやいや・・・・あ、大ちゃんねぇ・・・言いにくいんだけど・・・』

何を言い出すのかと、そばでハラハラしているダイスケの唇に人差し指をあてて、黙っているようと片目をつぶってみせる。

『今、大ちゃん動けないんだよ・・・・え?・・・・・どうしてって・・・・言っちゃってもいいの? ベッドの中にい・・・』

その時、アベが電話の向こうで何か叫んだのがダイスケの耳にも届いた。

『・・・アベちゃん、鼓膜が破れるって・・・・・あぁ、ごめん・・・・・・・そうそうオレが悪い。

 大ちゃんは悪くないから・・・・・うん・・・うん・・・明日ちゃんと送るからさ・・・・わかった・・・じゃ、またね・・・』

最後に、またアベが何か言ったらしくヒロが笑いながら電話を切った。

ケータイを返そうとしたヒロの腕をダイスケは掴んで引き寄せる。

『どうしてあんな嘘言ったの! アベちゃんすっごいこと想像しちゃったよ、きっと』

赤くなってるダイスケにヒロは余裕の微笑みを見せる。

『想像どーりにしちゃえば嘘じゃなくなるじゃん?』

ヒロはダイスケの手を振り解いて、反対にダイスケの身体と唇を束縛してきた。

魂まで持っていかれそうなキスに、もうどうでもよくなってきたダイスケは・・・・

『大ちゃん・・・ベッドの上でパリのお土産食べちゃっていい?』

ヒロの囁きに頷くことしか出来なくて・・・・。

 

 


 

 

『ねぇ、ヒロ・・・』

深夜、ベッドの中でぐったりしながらもダイスケが片肘ついて起き上がる。

ヒロは返事の代わりにダイスケの腕に軽くキスをした。

『さっきさぁ・・・アベちゃん、怒ってた? なんて言ってた?』

ヒロは心配そうなダイスケを抱き寄せると、その身体の下に引き込む。

『うん、怒ってた・・・オレにね』

言いながら、ダイスケの首筋に唇を這わせる。

『・・・んっ・・・何か・・・叫んでたよね?』

『うん・・・・ “この、バカ〜〜〜〜〜!!!” って』

その時のアベを想像して、ダイスケは気の毒に思いながらも笑いをこらえることが出来ない。

『でね、最後にオレが、またねって言ったら “出来れば二度と会いたくないわよっ” ってさ・・・』

ヒロの身体の下で身を捩って笑うダイスケを見て、ヒロも微笑みを深くする。

『で・・・続き始めていいかな?』

その言葉にダイスケが目を丸くする。

『続きって・・・・まだやるの?』

すでにダイスケの身体は起き上がるのが億劫なくらいになっている。

『まだって・・・・いやなの? やめる?』

そういいながら、指の動きが滑らかになっていくヒロにやめる気なんてなさそうだが・・・。

『や・・・ってことは・・・ないけど・・・・パリの話は?』

『明日、聞く』

『明日って・・・・いつ? すぐ帰んなくちゃいけ・・・』

『あっ!』

ヒロの声にびっくりしてダイスケの抗議の声がとまった。

『忘れてた・・・』

『な・・にを? ヒロ』

そのまま黙って唇を重ねてくるヒロに戸惑うダイスケだったが、唇はすぐに離れてヒロは極上の笑みを見せる。

『おかえりなさい・・・・・・って言ってなかったね、ごめん』

ヒロの言葉に、ダイスケはヒロ以上の微笑を返して言った。

『ただいま・・・ヒロ』

 

何人もの人に言われた 【お帰りなさい】 

でも、一番聴きたかったのはこの声。

そんなダイスケの思いを知っているのか、知らないのか・・・・

ダイスケを抱くヒロの腕はやさしくて、容赦がない。

 

アベに言った言葉どおり、もうすぐ “動けない大ちゃん” が出来上がることだろう。

 

 

 

---------- end ----------

 

 

 

ショートショートですが、やっぱり帰ってきたとこは書きたかったので。 お約束ってことで(^_^;

                                                    流花

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