~ for you ~

 

 

 

日曜日・・・・春が近いのかもしれない、午後からずっと細かい雨が降っている。

僕は、一人スタジオでボンヤリ窓の外を眺めていた。

もちろん、仕事をするためにここに来たんだけど・・・・・いつ篭っても良いようにとワンコをアベちゃんに預けて・・・。

スタッフもお休みで誰もいないスタジオ。

 

・・・・・仕事しなくちゃ・・・・・。

 

なのに・・・・・さっきから手の中で弄んでるリボンのかかった小さい箱。

バレンタイン用にこっそり買ったチョコレート。

そのバレンタインデーはとっくに過ぎ去っているんだけどね。

 

僕は男なんだから、チョコをあげるなんて可笑しい・・・・・とは思ったんだけど・・・・。 

でも、もし・・・もしヒロから連絡があったら、笑って冗談のように渡せばいい・・・ううん、渡せればって、そう思って買ってしまった。

そして、分かっていたことだけど当日、ヒロからは何の連絡もなかった。

僕はスタッフの女性や、ファンからのチョコレートを貰って、いつもと同じバレンタインを過ごして・・・・。

ヒロもきっと同じだったと思う。 

・・・・・・いや、ヒロはいろんなところにガールフレンドもいるだろうから、ウンザリするくらいのチョコが集まったに違いない。

そう思ったら、やっぱり胸が痛んだ。

見たこともない女の子にヤキモチ焼いてもしょうがないって分かっているのに、こればかりは慣れることはないだろう。

僕のことが一番好きだ・・・・とヒロは言った。

なら、それを信じていれば良いのに・・・・・・知らないうちに一番ではなくなってるかもしれないという不安は拭えない。

 

・・・・どうしよっかな、このチョコレート・・・・いっそ自分で食べてしまおうか。

いろいろ味見して、ヒロのために選んだチョコ。

ほのかに香るブランデーと少しビターなパウダーが生チョコの甘さを引き立てていて、すっごく美味しいのに・・・・・。

 

・・・・よし、決めた! 食べてやる!

紅茶でも入れようと立ち上がったその時、ケータイが鳴った。

ヒロ?・・・・・・・・・ヒロだ!

『はいっ』

“あ、大ちゃん? オレ、オレ”

『おれおれ詐欺?』

“ははは・・・、今、スタジオ?”

『うん』

“相変わらずだね・・・・”

ヒロは歩きながら話してるみたいで、声が弾んでいる。

僕は違う意味で・・・・・きっと声が弾んでいると思う。

“えーっと・・・ワンコは?”

『ワンコ? 2匹ともアベちゃんとこ。仕事に集中出来る様にって・・・』

“あぁ・・・、じゃあさ・・・・ここ開けてくれる?”

『え? 開ける? どこ?』

『ここっ!』

その声はケータイの中とドアの向こうからと同時に聞こえてくる。

『うそ・・・』

急いでドアに駆け寄りその鍵を開くと、ヤッホーとヒロが抱きついてきて・・・。

僕は何週間ぶりかのヒロの匂いが心地よくて、抵抗もせずにその胸に凭れかかっていた。

『久しぶり〜・・・・大ちゃん?』

僕がヒロを抱きしめたまま離さないから、ちょっと戸惑ってる。

『もうちょっと・・・・このままで・・・・』

小さな声でお願いした僕を、ヒロはぎゅっと強く抱きしめてくれる。

『あ〜・・・でもこのままでいたら “彼” が微妙な反応を・・・』

彼? 彼って誰・・・・・あ・・・・ヒロの下半身の変化に気がついて僕は慌てて身体を離した。

『も〜〜〜、ヒロ〜!』

『いや、オレじゃないよ、“彼” だから』

そういって笑うヒロの頭を軽く小突く。

ヒロはスタジオの中を見回しながら、一人なの?と訊くので頷いたんだけど、確認もしないで僕を抱きしめたわけ?

まぁ、うちのスタッフなら大丈夫って思ったんだろうけど・・・ヒロらしい。

『今日はどうしたの? 何か急用?』

訊ねる僕にヒロは苦笑いする。

『“大ちゃんに会いたかったから” っていうのは急用だよね?』

『本当かなぁ?』

嬉しくて、笑ってしまいそうになるのをなんとか堪える。

『ひっどいなぁ、オレの愛を疑うわけ?』

だってバレンタインは来てくれなかったよね・・・・・・喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 

『あ、これチョコレート?』

テーブルの上に出してあった例のチョコをヒロが目聡く見つける。

『もしかして、バレンタインにもらったの?』

ヒロのために買ったんだよ・・・・・とは今更言えず、曖昧に笑ってみせた。

『よかったら、ヒロ食べる?』

僕が買ったものだって分からなくても、ヒロが食べてくれれば嬉しいし・・・・って、思ったんだけど・・・・

『や〜、しばらくチョコはいいやってくらい食べたからね〜・・・遠慮しとく』

『あぁ・・・そう・・・・そうだよね・・・・』

断られたのは、かなりショックだったけど・・・・無理して笑ってみせた。

・・・・バレンタインから1週間も過ぎてるんだから・・・・しょうがないか・・・・。

『お茶なら飲むでしょ? 美味しい紅茶貰ったんだよ』

微笑いながら・・・・・でもヒロの顔を見ないようにシンクへ向かう。

やだなぁ・・・チョコを渡せなかっただけで、何を落ち込んでるんだろう・・・・。

たった今自分で食べようって思ってたとこじゃないか。

思いがけずヒロにも会えたし、今日は良い日なんだから暗くなるのはやめよう。

紅茶を入れながら気持ちを落ち着け、トレイを持ってヒロのところへ戻ると、

ヒロはソファーに座っていて、さっきのチョコレートの箱を片手に僕を見上げて言った。

『これ、食べていいんだよね?』

『え・・・?』

何を言ってるんだろう・・・・さっきいらないっていったのに・・・・。

『だって、ヒロ、さっき・・・』

『これさ〜・・・大ちゃんが買ったんでしょ?』

・・・・・どうして分かっちゃったの?!

『オレに・・・・オレのため買ってくれたの?』

訊きながら、ヒロの指はリボンを解いていく。

『・・・・う・・・・ううん・・・・ついでがあったからさ・・・・ヒロの分も買っておこうかなって。

 ヒロはモテるからいっぱい貰うだろうって思ったんだけど・・・・』

どうして素直に “ヒロのために買った” って言えないんだろう・・・・。

・・・・・だってさ、ヒロはバレンタインなんて、きっと忘れてて、僕のことだって忘れてて・・・・。

なのに、僕ばっかりヒロのこと想って、チョコ買ってたなんて、何か癪なんだもん。

紅茶をテーブルに置いた僕をヒロの手が抱き寄せて、自分の隣に座らせる。

『ねぇ、大ちゃん・・・オレって鈍いからさ、言ってくれなきゃ分からないこといっぱいあるんだよ』

・・・・・何のこと? 優しい声だけど、少し悲しげな眼差しでヒロが僕を見ている。

『バレンタインも当日になって思いだしたくらいだし・・・・ごめんね・・・・チョコ、ありがとう』

そういって、チョコレートの蓋を開けると一粒取り出して、口に放り込んだ。

『ごめんなんて・・・・いいんだってば・・・別に・・・わざわざヒロのために買いに行ったわけじゃ・・・』

『あーー、これ美味しいね〜』

にっこり微笑うヒロに僕も嬉しくなってしまう。

『でしょ? いっぱい試食したけど、これが一番ヒロの好きそうな味だなって思っ・・・・・あ・・・』

ヒロが飲みかけてた紅茶を噴出しそうにして笑い出した。

『うん、好きな味だった。 い〜っぱい試食した甲斐があったよね〜大ちゃん?』

・・・・・あぁ〜〜〜、もうっ!

『ずるいよ、ヒロ・・・』

なおも笑い続けるヒロをちょっと睨みつける。

『なぁにが? 大ちゃんが “オレのために” 買ったチョコが美味しいって言っただけじゃん』

『ねぇ・・・どうして分かったの? ヒロに買ったチョコだって』

『う〜ん・・・勘・・・かなぁ? なんかピンときたんだよね』

『やっぱりずるい。 ぜんぜん鈍くないじゃん、ヒロ』

ヒロはチョコレートをもう一粒摘まもうとして、その手を止める。

『あのね・・・今はたまたま解っただけ・・・・。 ちゃんと言葉にしなきゃ伝わらないことっていっぱいあるでしょ?』

トーンを低くした声で言うヒロが怒っているように見えて、少し不安になって俯く。

確かに、少し素直じゃないことは認めるけどさ・・・・。

『ほら、そういう顔するくせに何も言ってくれないから・・・・・怒ってるわけじゃないよ?』

・・・・うーん・・・そういうのも解っちゃうの?

『やっぱり、解っちゃうんだ? どうして?』

『愛してるから・・・・』

 

・・・・・・・・・・悔しいけど、今、息が止まるくらい嬉しい・・・・・・・・・・。

 

『大ちゃん・・・』

ヒロの声に顔をあげると、一粒のチョコを持ったヒロが “あ〜ん” って、チョコを差し出すから、

思わず開けてしまった僕の口に、ゆっくりと落とすようにそれは入れられた。

甘くて、苦くて、そしていっぱい食べたら酔ってしまいそうなブランデーの香りが・・・・・

『ヒロみたい・・・』

小さく呟いた僕の言葉はヒロには届かなくて “ん?” って顔で覗き込んでくるから・・・・・その唇に羽根のようなキスをした。

『チョコのお返し・・・ね』

照れ隠しに笑った僕に、ヒロはチョコレートの何倍も甘いキスをくれた。

 

これは・・・・チョコのお返しのお返し? 冗談っぽく訊いてみたら、ヒロが耳元で囁いた。

“コレは予告編。 本編はホワイトデーを楽しみにしてて”

・・・・・でもさ、ヒロ・・・・・

『バレンタインを忘れちゃうヒロが、ホワイトデーを憶えているとは思えないんだけど・・・』

口は災いの元。

だったら身体で憶えておこう・・・・なんて、わけのわかんないこと言い出したヒロに、そのままソファーに押し倒された僕は

とっても、長〜い予告編を見せられることになってしまった。

 

 

夜遅く、アルとアニーを連れて仕事の捗り具合を見に来たアベちゃんが目にしたものは

テーブルの上に転がっているヒロの食べたチョコの空き箱。

そしてソファーに転がっていたのは、ヒロが食べた終わった “僕”

 

ひと目で状況を把握したアベちゃんに、僕は朝まで仕事部屋から出してはもらえなかった。

 

 

 

---------- end ----------

 

 

 

バレンタインに何も書けなかったので、ちょっとチョコの香りのするものを・・・・と思いまして。

チョコ食べ過ぎるとニキビができちゃうんですよね〜(T_T) ヒロは大丈夫だったかしら?

大ちゃんはきっと美容には気を使っているから大丈夫・・・・・かな?(^_^;

                                          流花

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