anniversary






暗くなってから降りだした雨は、やむ気配すらなく

傘を持たずに遊びに出たオレは、店から出たところでタクシーを拾うまでにかなり濡れてしまった。

もう暑い季節は過ぎていて、夜風が少し冷たい。


部屋に帰ったらすぐにシャワー浴びなくちゃ・・・・・風邪をひいたら・・・・ひいたら?

別にどうってことないじゃないか。 

差し支える仕事なんて入ってないんだから・・・・と自嘲の笑いを浮かべる。

次の新曲はいつ出せるんだろう・・・・・焦っているわけではないけれど呑気に構えてもいられない。

事務所とも揉めてるし・・・・かなりヤバイ状態ではあった。



そんなオレのことをどこで知ったのか、昼間、アベちゃんから電話があった。

珍しいねと笑うオレに某音楽プロデューサーに会ってみないか≠ニ。

誰に何を訊いたのか、それには答えてくれず・・・


気にいらなければ断ってくれていいから、会ってみるだけでもどう?

それは・・・大ちゃんの差し金?

そんな言い方・・・

そうなんだね・・・・・なら、断るよ。

・・・・ヒロ

すごくありがたいけど・・・・大ちゃんに同情してもらいたくない。

そんなこと言ってる場合じゃないでしょ? ダイスケも心配して・・・

ごめん・・・・と一言いって、電話を切った。


再び、鳴り出したベルに追い立てられるように部屋を飛び出して・・・・もう真夜中。



半分は自分の身勝手でやめたユニット。

やめなくてもよかったんじゃないかと思った時には、すでに2年の月日が経っていた。

せっかちなくせに、こういうことに気付くのは遅いんだ。

ユニットとして最後の仕事が終わった日の、彼の瞳を今も憶えている。


哀しい色だった。


オレがもっとしっかりしていれば、あんな目をさせなくてもよかったのにと、何度も後悔した。

だからといって・・・・いや、だからこそ、彼が差し伸べる手に縋るわけにはいかない。




飲んだ割には酔いがまわることもなく、ほとんど素面でマンションに着いた。

エレベーターを降りると、数メートル先に立つ人影に気付く。

予感なんてぜんぜんなかったのに、長いこと会っていなかったのに、

それが誰かはひと目でわかってしまう。


大ちゃん・・・・。


声には出せず、彼の側に歩み寄ると、髪の先から雫が落ちるのではないかと思えるほどに濡れている。

『大ちゃん! どうしたの? なんでこんな・・・車で来たんじゃないの?』

久し振りとか、元気だったとか、ありふれた挨拶は全部飛んでしまう。

『うん・・・・あのさ・・・・ごめん・・・・』

思いっきり省略されて謝られても何のことだかわからない。

『とにかく中に入ろう? 拭かないと風邪ひくよ』

片手でドアの鍵を開けながら、もう片方の手は、すぐ帰るからと尻込みしている彼の腕を掴んで離さない。


押し込むようにドアの中へ入れ、引っ張りあげるようにリビングまで連れて行った。

タオルを取って戻ってくると、彼はポツンと部屋の真ん中に立って物珍しそうに周りを見ている。

以前とぜんぜん変わっていない彼を見て、何故か胸の奥が温かくなっていく。

持ってきたタオルを渡すと、彼はオレの目を見ないまま、また小さな声でゴメンネと呟いた。

『何がゴメンだかよくわかんないけど、早く拭かなくちゃ・・・ね?』

彼は、やっとタオルを広げると、もそもそと拭きながら、アベちゃんが・・・・≠ニ話し始める。

『プロデューサーの話・・・・・電話あったでしょ?』

上目遣いにオレを見る彼に、黙って頷く。

『ヒロに話すかどうか、迷っていたのに・・・アベちゃんもう電話したって・・・さっき食事してる時に聞いて・・・

 ・・・・気を悪くしたでしょ? ごめんね・・・』

まさか・・・・

『そのために来たの? それ言うためだけに?』

小さく頷く彼に、オレはびっくりするやら、呆れるやら・・・・。

『そんなの・・・ぜんぜん気にしてないっていうか、オレの方こそ、せっかくの大ちゃんの好意を無駄にして・・・』

『ううん、そんなの・・・僕がおせっかいだったから・・・』

思いっきり首を振って否定している彼の目が潤んでいるような気がして、少し戸惑ってしまう。

『で、なんで濡れてるの? アベちゃんといっしょだったんなら送ってもらったんじゃないの?』

当然の疑問を口にする。

『アベちゃんとは・・・・ちょっと言い争いになっちゃって・・・僕だけ店飛び出して・・・

 ヒロが怒ってるって聞いたから、このまま謝りに行こうと思って歩いてたら雨降ってきちゃって・・・』

『別に怒ってなんか・・・・・え? ちょっと待って、どこで食事してたの?』

『○○ビル・・・知ってるよね?』

知ってるけど・・・・あそこから歩いて? 1時間以上はかかるんじゃないか?

『タクシー、乗らなかったの?』

『僕のバッグ、店に置いて来ちゃったから・・・お財布もケータイもなかったんだよね』

笑い話でもしているような彼に、どう返事すればいいのか・・・。

『なんだか・・・かえって迷惑だったね・・・』

なんて言ったらいいのかわからず、黙ってしまったオレに気兼ねするように拭いていたタオルを差し出す。

『・・・・帰る』

そう言って背を向けかけた彼を、慌てて掴まえた。

『ちょっ・・・何言ってんの、夜中だよ? お金もないのに・・・』

『・・・貸してくれる?』

すぐ返すから・・・・・って、そういうことじゃないだろう。

掴んだ腕が小さく震えていることに気付いて・・・・

『寒い?』

首を振って否定するけど・・・・じゃ、どうして震えてるの?

『帰るから・・・・離して・・・』

『謝りに来ただけだから? 言うこと言ったらオレにもう用はない?』

そんな意地悪を言う気はなかったのに、何故かこの手を離しちゃいけないような気がして、

勢いで出た言葉に、彼はゆっくり顔を上げた。

『用がないのはヒロの方でしょ? 僕は・・・・余計なことしかしないし・・・』

そう言って拗ねたように顔を背ける彼が、不謹慎だと思いつつも可愛く見えて、自然と自分の声が甘くなるのがわかった。

『そうじゃないよ。 オレは・・・・大ちゃんに心配してもらえる価値はないからさ・・・』

『あるよ! ヒロはっ・・・ヒロは・・・・』

叫んだ声がどんどん小さくなる。

『・・・オレは?』

『ヒロは・・・大切な・・・・』

俯いた彼の声が潤んでて、まさかと思いながらも覗き込むと・・・・

『・・・大ちゃん・・・・』

その頬が濡れている。

戸惑って思わず腕を放したオレと、濡れた彼の視線が絡んで、そのまま動けなくなる。



凍りついたような時間を溶かしたのは彼の方。

『・・・ぼ・・・く・・が心配するの、迷惑かもしれないけど・・・でも・・・』

『迷惑なんて思うわけないだろ、ただ・・・同情されるのがちょっと・・・』

『同情なんてしてないよっ・・・・ヒロが・・・・』


一瞬、何が起こったのかわからなかった。


『じっとしてて・・・・少しだけでいいから・・・』

首筋に感じる彼の息が熱い。


いきなり、しがみついてきた彼を、突き放すことも、かといって抱きしめることも出来ずにオレはバカみたいに立ち尽くしている。


『ヒロに・・・何かして欲しいわけじゃないんだ・・・ただ、僕が・・・』

また、彼が泣いているのはその声でわかった。

『・・・僕が勝手にヒロを好きなだけだから・・・・ヒロが辛いのは僕が嫌なんだ・・・』



・・・ああ、そういうことか・・・・。



どうしてだろう、彼の気持ちを嬉しいと思うだけで、重さや嫌悪感はまったくない。

オレの腕は、自然と彼を抱きしめていた。

小さく彼の戸惑いが伝わってきたけれど、その華奢な身体や濡れた感触すら、気持ちよく感じて放したくなかった。

『大ちゃん、ありがとう・・・・』

『・・ヒ・・・ロ?』

何がありがとうなのかと、問いたいような彼の声。


オレを好きでいてくれて、ありがとう

心配してくれて、ありがとう

打ち明けてくれて、ありがとう

全部、全部、ありがとう。

だけど、今はまだこのままで・・・・。


なんだか、心の中の霧が晴れていくような心地よさを感じていた。


迷わないで進んで行けばいいんだ。

見守ってくれてる彼に恥じないように生きていこう。




リビングに戻って、温かい紅茶を飲んでる彼の頬が少し紅いのは・・・・・

『・・・なんで、ずっと見てんの?』

そう、オレがじーっと見てるから・・・。

『久し振りだから・・・』

理由にもならない理由だけど、彼は何も言えずに薄く微笑う。



さっき、彼の気持ちは素直に嬉しいと伝えたら、気持ち悪くないのかと訊かれた。

『ぜんぜん』

『だって・・・男なんか好きじゃないでしょ?』

『うん』

『だったら嫌じゃないの?』

『う〜〜〜〜〜〜ん・・・・大ちゃんだから嫌じゃないのかな?』

『どうして?』

『・・・・わかんない』


『・・・ヒロらしい・・・』

そういって微笑んだ彼は嬉しそうだったから・・・・多分、オレは間違ってない。




いつの間にか、外の雨音も止んで窓の外が薄っすら明るくなっている。

『送っていくよ』

『アルコールは抜けた?』

立ち上がったオレを上目遣いで笑う。

『酔ってないよ』

『でも、さっきお酒臭かったよ』

『抱きついた時?』

あ、目を逸らしたね。 オレの勝ち!


そういえば・・・・・

『どうしてここを知ってたの? オレあれから2回くらい引っ越したのに・・・』

彼におしえた憶えはなかった。

『・・・人から・・・・聞いて・・・』

『人? 誰?』

気まずそうに俯く彼を見て・・・・・

『・・・まさか・・・興信所とか?』

『ちっ・・・・・がう・・・・かな』

かなって・・・・・・当たらずとも遠からず?  思わず笑ってしまった。

オレのことをそんなに気にかけてくれているのは、大ちゃんだけだよ、きっと。



ドアを開けて、先に出た彼が廊下の手摺りから身を乗り出すように空を見上げている。

『止んだみたいだね・・・・・あっ?・・・・あ、ねぇ、ヒロッ、ヒロ、見て!』

彼が指差す方を見ると、こんなのは何年ぶりだろうってくらいくっきりとした虹がかかっていた。

『すごいね、ヒロ・・・』

いつの間にか、彼はオレの上着の袖をしっかり握っていて、でも視線は虹から外さない。

きっと今、彼の頭の中には音楽が流れているに違いない。

それはオレが聴くことは出来ない・・・・ましてや歌うことは・・・・


『ねぇ、大ちゃん』

『ん?』

『またいつか・・・二人で出来るといいね・・・』

自分の中での禁句が、ぽろっと零れる。

目をまん丸にしてオレを見ている彼も、決して何を?≠ニは訊かず、そのままゆっくり視線を虹に戻して

小さな声で、でもはっきりと答えてくれた。

『うん・・・きっとね・・・』





きっと、何年かのち、今日という日が二人の記念日になってるって・・・・そんな確信めいた予感がしていた。






--------- end ----------




ベタでごめんなさい・・・m(_ _;m

もう何も言うまい・・・・10万ヒット、ありがとうございます。

                          流花
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